artscapeレビュー

布の翼

2022年06月15日号

会期:2022/04/15~2022/05/08

染・清流館[京都府]

染色作品を中心に展示する「染・清流館」では珍しい、社会性の強い現代美術作品のグループ展。「布と染色」という切り口から、沖縄・在日・日本国憲法第九条といった戦後日本社会の構造を問う好企画だ。展覧会タイトル「布の翼」には、空爆にも使われる「金属の翼」と対比させ、作家の創造力やメッセージをのせて運ぶ媒体という意味が込められている。

沖縄出身の照屋勇賢の代表作のひとつ《結い、You-I》(2002)は、紅型で鮮やかに染められた振袖だが、文様には花や鳥、ジュゴンに加え、戦闘機、落下傘で降下する兵士、オスプレイが混じり、伝統工芸と米軍基地が同居する。アメリカによる琉球文化の侵食、あるいはそれすらも飲み込んで融合しようとするしたたかさの表現ともとれるが、紅型がアジア太平洋戦争で壊滅的な打撃を受け、戦後は米軍兵士向けの商品をつくりながら復興を遂げたことを考えると、照屋の作品は「伝統文化と基地の共存」といった表層的な見方にとどまらず、紅型が辿った苦難の歴史を包含するものだと言える。また、日清戦争以降の戦前の日本では、日の丸や軍艦、戦闘機などの図案を配置した「戦争柄の着物」が流行したことを思い起こせば、「基地柄の着物」として「戦後の沖縄」に反転させた照屋の作品は、沖縄においてはまだ「戦争」が終わっていないこと、そして身に付ける人の意思表示を伝える装置としての「衣服」を示唆する。



照屋勇賢《結い、You-I》 佐喜眞美術館所蔵 [撮影:シュヴァーブ トム]


「誰がその紅型を身にまとうのか」という照屋の問いかけと呼応するように、見る者の立ち位置を問うのが、染色の技法で絵画を制作する河田孝郎の《那覇1999》(2000)である。抽象化された家屋の壁を思わせる矩形に、「基地のフェンス越しにこちらを見つめる子ども」の像が染められ、その背後には、沖縄の家屋に使用される赤瓦の屋根がわずかに見える。フェンスで民家と区切られた「こちら側」すなわち「基地の中」に鑑賞者を強制的に転移させる仕掛けは、私たち観客こそ沖縄に一方的に基地を押し付けている共犯者であることを突きつける。



河田孝郎《那覇1999》 染・清流館所蔵 [撮影:深萱真穂]


そして、戦争放棄をうたう日本国憲法第九条の条文を、日米の権力関係や視点のズレから問い直すのが、柳幸典のインスタレーションである。《The Forbidden Box》(1995)では、開くことを禁じられた玉手箱(あるいはパンドラの箱)を思わせる鉛の箱から飛び出した布に、原爆のキノコ雲がプリントされ、第九条の条文、その英訳、元になったマッカーサー草案の英文が裏表に重ねられ、日米の視点のズレとともに「読まれにくさ」を可視化する。床に置かれた《Article 9 2016》(2016)では、散らばった電光掲示板に第九条の条文が流れ、バラバラに分節化されて静止したのち、文字が一斉に消えて沈黙する。解体と機能不全のなかに、「公共に向けたメッセージ」として修復を待つ希求がわずかにのぞく。



柳幸典 展示風景 [撮影:シュヴァーブ トム]


一方、本展のなかで唯一、個人的な視点から問うのが、染織作家の呉夏枝(お・はぢ)の初期作品である。《三つの時間》(2004)では、祖母の出身地の済州島で、祖母・母・自身のチマチョゴリを着て撮影した写真が、祖母の遺品の麻布に転写される。白、赤、ピンクのチマチョゴリを着て一本の道に立つ呉は、奥へ遠ざかり、振り返り、正面を向き、再び手前へ近づく。祖母と母の記憶である衣服をまとい、「この道に祖母が立っていたかもしれない」と想像しながら記憶を演じなおす呉。その再演の舞台である「道」は、個々の人生の歩み、母から娘への血縁の連なり、民族が強いられた移住と、多義的なメタファーに満ちている。また、祖母の白いチマチョゴリに染めと刺繍を施した《三つの花》(2004)は、あえて皮膚に触れる内側に染めを施すことで、「これをまとった祖母の記憶に触れたい」という切実な思いが美しく昇華されている。そして、「身にまとう人への想像」を介してそれは、「布と染めに託された周縁化された声」として、再び、冒頭の照屋の紅型と出会い直すのだ。



呉夏枝 展示風景 [撮影:シュヴァーブ トム]



呉夏枝《三つの時間》より [撮影:シュヴァーブ トム]

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照屋勇賢《結い, You-I》──多次元の美の問いかけ「翁長直樹」|影山幸一:アート・アーカイブ探求(2018年03月15日号)
呉夏枝「-仮想の島- grandmother island 第1章」|高嶋慈:artscapeレビュー(2017年04月15日号)

2022/05/06(金)(高嶋慈)

2022年06月15日号の
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