artscapeレビュー

2015年02月01日号のレビュー/プレビュー

科学開講! 京大コレクションにみる教育事始

会期:2014/12/05~2015/02/17

LIXILギャラリー大阪[大阪府]

本展は、京都大学の前身である旧制第三高等学校(1894年創立)で使われていた物理学の実験機器や生物・鉱物の標本、教育掛図等、約80点を展示している。明治時代には、「science」という外来語の招来とともに近代的な「自然科学」がもたらされ、教育を通じて定着していく。会場では、力学・音響学・熱学・光学・電磁気学の分野で使われた実験機器を見ることができる。いまではあまり見ることのないものばかりだが、幾何学的な形をした部位で構成される器具は、ひとつのオブジェにも見える。これはもちろん、まず実用的な目的を満たした科学器具なのではあるが、そのこと自体が「美」をもたらしている。メタリックな輝きを放ちながら、幾何学性をもって形成される天体経緯儀なども例外ではない。展示品を通覧して驚くのは、当時の最高技術をもって精巧につくられた道具がもつこうした機能的な美しさである。これは現代の私たちが知る、工業製品のデザインの「機能美」に通じる。見る人に新しい見方を提示してくれる展覧会。[竹内有子]

2015/01/05(月)(SYNK)

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東近江市ゆかりの芸術家シリーズ Vol.6 北山善夫 展 大声で笑い歌い、時には泣き

会期:2015/01/10~2015/01/30

東近江市立八日市文化芸術会館 展示室[滋賀県]

竹と木と紙などを複雑に組み上げたオブジェや、土偶の人型とそれをもとに描いた細密画の大作で知られる北山善夫。筆者はこれまでに何度も彼の作品を見てきたが、美術館の常設展示か画廊での新作展ばかりで、一度にまとまった数を見たことはなかった。本展では、絵画6点、彫刻1点、インスタレーション2点が展示され、彫刻が少なかったとはいえ彼の仕事を概観することができた。生、死、自我、宇宙、社会、歴史などのテーマが渦を巻いているかのような作品世界は圧巻で、一作家の全体像を示すことの大切さを改めて感じた次第。今後、美術館で本格的な回顧展が行なわれることを期待している。

2015/01/09(金)(小吹隆文)

ジャパン・アーキテクツ 1945-2010

会期:2014/11/01~2015/03/15

金沢21世紀美術館[石川県]

ポンピドゥー・センター(フランス国立近代美術館)のフレデリック・ミゲルー氏の監修のもと、戦後から現代までの日本建築史を再考・紹介する展覧会。建築家のドローイングや模型等の資料およそ300点が展示されている。興味深いのは、6セクションに分けられる各時代・文化と建築物の総体を色のコードで示していること。第1セクション「黒」は、暗い室内の中に浮かび上がる建築物の断片の展示とともに、戦争による破壊と再建にまつわるイメージ・カラーを表わしている。第2セクション「ダーク・グレー」は、西洋の影響下にあったモダニズム/ブルータリズム建築のイメージ。第3セクション「ライト・グレー」は、工業化・都市発展の時代。第4セクション「カラー」は、大阪万博に代表されるような祝祭的な大量消費とモダニズム批判に特徴づけられるカラフルな時代。第5セクション「ノン・カラー」は、ミニマリズムや軽い建築にみられる「消去・消滅」してゆくような流れへ。最後の第6セクション「白」では、建築と社会・自然との関係性を「物語る」建築への現代的志向が浮き彫りにされる。日本の戦後の建築文化と歴史的営為をパノラマ的に一気に見ることができる展覧会。[竹内有子]

2015/01/10(土)(SYNK)

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ドッグレッグス「障害リレーション」

会期:2015/01/10

北沢タウンホール[東京都]

これはダンスでも演劇でもなくパフォーマンス・アートでもない「障害者プロレス」である。ここにレビューを書くからといって、ぼくはこの興行を上演と呼び替えるつもりも、アートのように素晴らしいと言うつもりもない。むしろ逆で、どんな劇場公演もどんなアート表現も到達できていない高みを見た気がしたのだ。90年代前半から始まった老舗「障害者プロレス」団体ドッグレッグスの第88回興行。すでに90年代には天願大介監督によるドキュメント映画などで紹介されてきたドッグレッグスだが、初見のぼくがなにより驚いたのは、終始会場に爆笑の声が轟いていたことだった。全8試合。階級はライト級からミラクルヘビー級まで、体重差ではなく、障害の重さが階級を決める(無差別級もある)。第1試合はミラクルヘビー級、5人の選手は身体にマヒを抱えている。だからといって、この空間にはマヒの身体=不憫という意識は皆無。むしろ障害があるからこそ、彼らはこのリングに立てるのであって、障害はときに彼らのプライドでもあるようだ。そんな雰囲気を引き出しているのが実況の新垣女社長の名調子。プロレスはレスラーが2人いれば成立する。しかし、レスラーの潜在的な魅力を引き出す実況の力はプロレスファンにはおなじみのものなのだろうし、欠くべからざるものという面があるに違いない。新垣女社長は、年季の入った名調子でレスラーの魅力を引き出す。そして、障害者を笑うという普通であればありえない状況に観客を巻き込んでいく。例えば、三村広人の丸くたるんだ腹をひやかし、性格の悪さをキャラクター化した後で「バリア・フリーっていいますが、彼にはむしろバリアが欲しくなります」となじる。観客はこれに爆笑する。けれども、この笑いは嘲りの笑いではない。むしろ新垣女社長に促されて笑うことで、観客はレスラーを愚かというより愛おしいと思うようになり、ついつい応援の声が弾むこととなる。実況でとくに印象に残っているのは、レスラーを「障害者」という点だけでカテゴライズせず、性同一性障害や公務員であることやマラソンランナー、イケメンや引きこもりであることなど多様なカテゴリーでキャラ化していたことだ。そうやって一人一人の個性を引き出すことで、レスラーが「障害者」である以上に、観客と同じ地平に立つ「一人の人間」として見えてくる。いや、障害とともに生きている点では、健常者よりもタフな人間であり、その強さに魅了されてしまうのだ。最終ラウンドの鶴園誠と陽ノ道(齋藤陽道)の試合では、まさにそんな強さに圧倒させられた。砂漠に下半身が埋まっているかのような姿勢の鶴園に対し、陽ノ道は脚に拘束具を嵌めることで条件をほぼ同じにして闘う。とはいえ、柔軟に移動できる陽ノ道に比べれば、鶴園はまったく不利だ。それでも、余裕の台詞を吐きながら、ときに観客や相手を言葉でポーズで挑発しながら、鶴園は淡々と応戦する。その姿が引き起こす感動は、まさしく勇者のそれだった。障害者を笑い、愛し、尊敬するという仕掛けがこれほどうまくいっている他の事例をぼくは知らない。この「プロレス」力はひとつの発明だ。

2015/01/10(土)(木村覚)

震災から20年 震災 記憶 美術

会期:2014/12/16~2015/03/08

BBプラザ美術館[兵庫県]

今年は1995年に起きた阪神・淡路大震災から20年という節目の年であり、兵庫県内の美術館、画廊、アートスペースなどで相次いで震災関連の企画が予定されている。本展もそのひとつであり、アーティストの目から見た震災を軸に13人と1組の作品が展示された。作品はどれも主観的だが、それゆえ強烈な表現が多く、突き刺さるような緊張感が館内にみなぎっていた。金月炤子のオブジェと栃原敏子の絵画&オブジェはその代表例である。一方、古巻和芳+あさうみまゆみ+夜間工房のインスタレーション(画像)は、室内を模した空間に置かれた瓦礫の山と時計が刻む音の対比が印象的で、幻想と鎮魂が入り混じった内省的表現が見られる。また、全壊した津高和一邸と津高家の猫を撮影した吉野晴朗、瓦礫となった神戸の街を描いたスケッチを大量出品した堀尾貞治からは、アーティストの性が色濃く感じられた。本展は規模こそ大きくはないが、作品の強度と密度の高さで観客に衝撃を与えるであろう。

2015/01/11(日)(小吹隆文)

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2015年02月01日号の
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