artscapeレビュー
2015年02月01日号のレビュー/プレビュー
世界のブックデザイン2013-14 feat.スイスのブックデザイン
会期:2014/11/29~2015/02/22
印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]
ドイツで開催されている「世界で最も美しい本コンクール2014」に入選した図書と、そのほか8カ国で行なわれているブックデザインコンクールの入賞作品を紹介する展覧会。今年度はこれらに加えて日本とスイスの国交樹立150年を記念して第二次世界大戦後のスイスのブックデザインを紹介するコーナーが設けられており、合計約160点の本が並ぶ。例年通り、コンクール入賞作品は自由に手にとって見ることができる。スイス・ブックデザインのコーナーは基本的にケースでの展示だが、新たに入手できたものは手にとれるコーナーが設けられている。訪れたときには会期が始まってすでに2カ月が経っており、多くの人びとの手に触れて傷んだ本もある。デザインや紙の手触りを見るだけではなく、そうした造本の耐久性を見ることができるのもこの展覧会の特徴だ。
本展を毎年企画している寺本美奈子・印刷博物館学芸員によれば、入賞作品の大きな傾向として、テキストを読むツールとしてのコンピュータや電子書籍の台頭に対して、紙のメディアにできることが見直されているという。物理的なサイズや重さ、表紙や本文の紙の手触り、ページをめくるときに求められる所作(箱や折り込み、特殊な綴じなど)、タイポグラフィの工夫はもちろんのこと、活版印刷や特殊インキを用いた文字や図版、さらにはインキの匂いまで、五感に訴える本づくりが見られる。
他方で、内容面では電子書籍に見られる機能性、検索性を紙の本に取り入れる工夫が、とくに科学書や作品集など、編集の力が及びやすいジャンルの書籍に見られるという。例えば「世界で最も美しい本コンクール2014」で金賞を受賞したドイツの建築事務所の作品集『Buchner Bründler Bauten』は、目次に相当する部分が建築の評論テキストになっており、そこから作品図版のページにリンクする。論文テキスト中に図版番号を指示する方法はよく見られるが、それを目次(あるいは内容索引)に仕立てているといえば分かるだろうか。テキストは複数あり「目次」は29ページにおよぶ。図版ページからはテキストが排除されている。構造的には、ウェブサイトでひとつの画像を複数の箇所にリンクしたりポップアップ表示させたりする手法に類似する。
本年度の展示で紹介されているその他のコンクールは、日本、ドイツ、スイス、オランダ、オーストリア、中国、イランの8カ国。限られたスペースで多様な国のブックデザインを紹介するために、毎年少しずつ国を入れ替えているという。昨年との違いは、カナダとベルギーが外れ、「世界で最も美しい本コンクール2014」で『Hello Stone』というタイトルの書籍が栄誉賞を受賞したイランが初めて加わったこと。歴史資料としての本を博物館などで目にすることはあっても、現代のペルシャ語書籍がどのようなものか知っている人は少ないと思う。ぜひ会場で手にとって見て欲しい。
1948年から2014年まで、43点のスイス・ブックデザインを紹介するコーナーは、ブックデザイナー・タイポグラフィ研究家のヨースト・ホフリ氏およびローランド・シュティーガー氏によるセレクション。一般に日本で紹介されるスイスのブックデザインは、サンセリフ書体を使い、グリッドシステムでレイアウトされたものになりがちであるが(東京オペラシティアートギャラリーの「スイスデザイン展」で紹介されているものは、まさにそれである)、本展ではスイス人の研究者がデザイン史的に重要な書籍をセレクトしたことで、それらとはまた違った多様なデザインが紹介されている。スイスには、ローマン体を使った優れたデザインもちゃんと存在するのだ。[新川徳彦]
関連レビュー
2014/01/28(水)(SYNK)
スイスデザイン展
会期:2015/01/17~2015/03/29
東京オペラシティアートギャラリー[東京都]
日本とスイスの国交樹立150年を記念して、スイスの文化を紹介する展覧会が各所で開催されている。本展もそのひとつで、スイスのグラフィックデザインとプロダクトデザイン双方の歴史と現在を包括的に紹介する構成の展覧会である。この展覧会を見るにあたって、スイスデザインのスイスらしさとは何かを探ってみようと考えていた。しかし、展覧会を見て感じたのは、スイスデザインにはスイスらしさがないのではないかということだった。言葉を換えると、スイスらしさを感じさせないところが、その特徴なのではないかということである。スイスデザインを語るときに合理性と普遍性という言葉が用いられる。確かにそうなのだが、合理性と普遍性を持ったデザインがスイス的であるわけではない。
タイポグラフィを中心としたスイスのグラフィックデザインが戦後の世界のグラフィックデザインに与えた影響の大きさについては、デザインを学んだ者なら知っていることだろう。ユニヴァースやヘルベチカなど、スイスのデザイナーたちが開発した書体は世界中あらゆる場所で、公共機関や企業のポスターや掲示物、ロゴタイプとして目にすることができる。紙面を格子状に分割してテキストや図像を配置するグリッドシステムは、現在ではDTPやウェブデザインの基本になっている。しかしながら、たとえばヘルベチカを用いたロゴタイプにスイスらしさを感じる人はどれほどいるだろうか。書体あるいはデザインの様式には特定の時代、国や企業と密接に結びついてイメージされるものも多い。しかしヘルベチカにそのような印象を受ける者はいない。だからこそ、いろいろな企業がそれをロゴタイプに用いていてもイメージが互いにバッティングすることがないのだ。
プロダクトデザインでも同様の印象を受けた。本展では8つのスイス・ブランドの製品と、ほかにも多くのデザイナーたちによるプロダクトが出品されているが、前提となる知識がなければどれほどのものをスイスのデザインと見分けることができようか。ビクトリノックスのナイフ、ジグの水筒、スウォッチの時計はスイスクロスをロゴやデザインの一部に用いてスイス・ブランドであることを示しているが、それ以外の要素はほとんどナショナリティを想起させないように思う。それでいながらけっしてドイツ的でもなく、フランス的でもなく、イタリア的でもない。もちろんそれはスイスブランドの製品に個性がないということではない。アイデンティティは個々のブランドとものづくりの精神に宿っているのだ。
クリスチャン・ブレンドル(チューリッヒ・デザイン・ミュージアム館長)は、このようなスイスデザインの背景にあるものとして、小さな国土と文化の多様性を挙げている(本展図録、48頁)。ヨーロッパの中央に位置する小国。ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語が使われる多言語、多文化国家であること。国内市場が小さいために大量生産ではない高い品質のプロダクトに特化し、同時に国外に市場を求めてきたこと。また、両大戦時に中立であったことで、スイスはデザイナーや芸術家たちの避難場所になり、またスイス人デザイナーたちが国内にとどまらずパリ、ロンドン、ミラノで仕事をしたことで豊かな文化の交流があったという。なるほどそのような背景を考えれば、スイス出身でフランス国籍を持ち20世紀の世界の建築に大きな影響を与えたル・コルビュジエ、スイス出身でドイツのバウハウスに学びウルム造形大学を創設したマックス・ビルの仕事が大きなスペースで取り上げられている意図がわかる。[新川徳彦]
2014/01/29(木)(SYNK)
渡辺篤 個展「止まった部屋 動き出した家」
会期:2014/12/07~2014/12/28
NANJO HOUSE[東京都]
昨年の初夏に秋葉原のアートラボ・アキバで個展「ヨセナベ」を成功させたばかりの美術家・渡辺篤が、早くも新たな個展を開催した。今回のテーマは「ひきこもり」。自身のひきこもり経験をもとにした作品を中心に発表した。
会場の中央に設置されていたのはコンクリート製の傾いた小屋。粉砕された一面から中を覗くと、寝袋やパソコン、数々の日用品が散らばっている。会期前半に渡辺自身がここにひきこもり、密閉された小屋の中で数日間過ごしたという。外界と隔絶した空間に自閉したり、ひきこもりの当事者を展示したりするアーティストはほかにいたが、自らのひきこもり経験を再現的に表現したアーティストは珍しい。事実、会場にはひきこもり当時の自室を撮影した写真や、ひきこもりを中断して自室の扉をノコギリで切り開いて出てくる自分を写した映像も展示されていた。
特筆したいのは、渡辺がこの個展において全国のひきこもりの当事者たちに自室を撮影した写真を募集した点である。傾いた小屋の内部に設置されたモニターには、渡辺のもとに集まった写真が連続して映し出されていた。乱雑な部屋もあれば、整然とした部屋もある。当事者の身体が写り込んでいる場合もあれば、そうでない場合もある。いずれにせよ共通しているのは、自閉という内向性を強く感じさせる点である。
しかし、その内向性は、この展覧会において外向性という矛盾にさられることになる。言うまでもなく、彼らの写真は私たちによって見られるという点で「開かれている」からだ。閉じているにもかかわらず開かれているという両義性。それは、決してひきこもりからの解放と直結しているわけではないが、ひとつのささやかな関係性であることに違いはない。
この極めて繊細で壊れやすい関係性は、しかし、ひきこもりという特殊な境遇にいる者に特有のものではないのかもしれない。たとえ自室にひきこもっていなくても、振り返ってみれば、私たちの日常的な人間関係には「閉じる」という契機が確かに機能しているからだ。「開く」ことや「つながる」ことを強迫観念的に強いる現代社会において、渡辺の作品は「閉じる」ことの積極的な意義を改めて問い直しているのではないか。
2014/12/26(金)(福住廉)
福島菊次郎 全写真展
会期:2014/12/22~2014/12/27
今年、94歳になる現役の写真家、福島菊次郎の個展。福島は2013年に公開されたドキュメンタリー映画『ニッポンの嘘 福島菊次郎90歳』で大きな注目を集めた写真家である。本展では、これまでに発表した約2,000点が一挙に展示された。広島の原爆から自衛隊、学生運動、公害、ウーマンリブなど、戦後日本の歴史が凝縮したような現場を写し出した白黒写真は、非常に見応えがあった。
なかでも注目したのは、雷赤烏族を撮影した写真。雷赤烏とは、1960年代末に、詩人の山尾三省を中心に結成された「部族」のひとつ。ヒッピーやビートニクの影響のもと、反都市社会や自然回帰を目指した、ある種のコミューンである。「部族」は国分寺や鹿児島のトカラ列島諏訪之瀬島などに拠点をつくったが、福島は八ヶ岳山麓の富士見高原に建設された雷赤烏の住処を訪ねた。
髭面で長髪、上半身は裸で、足元はわらじ。住居は円錐形の茅葺きだから、文字どおり原始人のような暮らしぶりだ。福島の取材メモによると、彼らは「木の実や貝殻のアクセサリーを身につけ、開墾を始め、畠を耕しているかと思うと、座禅や逆立ちを始め、陽が暮れると焚き火を囲み、空き缶を叩いて一晩中踊っている」。焚き火の前で踊り、井戸を掘る姿を写し出した福島の写真には、彼らに対する共感のまなざしが一貫しているように思われた。「大地とともに生きている人間たちは健やかである」。
むろん、このような活動を逝きし世のカウンターカルチャーとして退けることはたやすい。だが、都市文明の限界と矛盾が、雷赤烏の時代よりいっそうあらわになっている現在、彼らほど極端に先鋭化することはなくとも、彼らの活動と思想から学べることは多いのではないか。例えば、近年改めて評価が高まりつつある「THE PLAY」の主要メンバーである三喜徹雄は、かつて雷赤烏に参加していた。PLAYと雷赤烏のあいだに直接的な関係はないとはいえ、PLAYの作品に通底している野外志向には、雷赤烏との並行関係が認められないでもない。福島もまた、かつて瀬戸内海の無人島に住んでいたことがあるから、三者が交差する地点から現代的なアクチュアリティーを取り出すことができるかもしれない。
2014/12/27(土)(福住廉)
インターステラー
会期:2014/11/22
丸の内ピカデリー[東京都]
クリストファー・ノーランによる最新作。宇宙を舞台にした冒険活劇の体裁をとりながら、その内実は父娘のあいだの絆を描いた人間ドラマである。そのいかにも凡庸な主題は、ややもすると陳腐で退屈な印象を与えかねないが、それを巧妙に回避しているのが、抑揚のある物語展開と、入念につくり込まれた映像美だろう。
冒頭、不意に飛来したドローンを追って主人公の親子がトウモロコシ畑の中を車で突っ走るシーンで、物語に一気に引き込まれる。次々となぎ倒されるトウモロコシ。ここで表わされているのは、地球規模の環境汚染による食糧難のため、いまや希少な食料源となったトウモロコシを踏み倒してまでもドローンを捕獲しようとする父親のすさまじい執念と並外れた行動力である。このシーンで主人公の性格が端的に示されたと言ってもよい。
だが、それより何より私たちの眼を奪うのは、青々とした広大なトウモロコシ畑の中に車輪が引いていく線であり、この大地に刻まれる線の運動性は、そのような「意味」を読み取るより前に、鑑賞者の視線を釘づけにしたに違いない。映画の醍醐味のひとつが、言語より速い速度で眼球を独占する映像美にあるとすれば、それは必ずしもCG技術に依存しているわけではなく、むしろアースワークやランドアートのような泥臭い水準でも成立しうることを、本作は実証していた。
ところでトウモロコシ畑といえば、類似した作品として『フィールド・オブ・ドリームス』が挙げられる。父親と娘という違いがあるものの、ともに親子の和解を主題としており、ともにトウモロコシ畑と野球場を主要な舞台装置としているからだ。違うのは、『フィールド・オブ・ドリームス』のトウモロコシ畑が別世界への通路として描写されていたのに対し、本作における別世界への通路はガルガンチュア(ブラックホール)とされていた点である。さらに前者の主人公はトウモロコシ畑の野球場でゴーストとしての父親を待ち受ける側だが、後者の主人公は宇宙の五次元空間へ飛び、その闇から娘を見つめるゴーストと化す。
わたしには見えないが、向こうからは見えているような気がする。これは、例えば霊場や墓場で経験しうる特殊で非日常的な感覚だが、本作のもっとも大きな功績は、「わたし」としての娘と「向こう」としての父親の双方の視点から物語を描写することによって、近接しながらも隔てられた両者のあいだの距離感をまざまざと浮き彫りにした点である。「わたし」と「向こう」は、家庭の中であれ地球の外の宇宙であれ、つまり物理的な距離にかかわらず、近づきつつも遠く隔てられている。だが逆に言えば、そのような絶対的な距離があればこそ、「わたし」は「向こう」を感知することができるのだろう。
2014/12/29(月)(福住廉)