artscapeレビュー
2015年02月01日号のレビュー/プレビュー
時代と生きる──日本伝統染織技術の継承と発展
会期:2014/12/17~2015/02/14
文化学園服飾博物館[東京都]
産業としてのテキスタイルの歴史において、紡糸や織布の技術革新と比べて染織技術の改良、革新のプロセスに焦点が当てられることは少ない。紡績機や織機の革新、省力化と量産化の過程はイギリスや他のヨーロッパ諸国の工業化はもちろん、日本でも明治以降の工業化を進展させた車輪のひとつとして評価されてきた。それに対して川下の技術である染織工程では職人の技、伝統的な技術の継承が称揚されることはあれ、省力化、量産化といった革新のプロセスが注目されることはなかなかない。しかしながら私たちが「伝統的技術」と考えている工程もまた、程度の差こそあれ不断なく生じる革新によって生まれ、変化してきたものであり、次の革新によって上書きされ続けてきた歴史がある。工業化への移行ばかりではなく、「伝統的」とされる工程においても同様の歴史を見ることができる。この展覧会は、型染め、友禅、絣、紋織り、絞り染といったおもに江戸期に確立し、現在でもその原型が継承されている日本の染織技術の近代化の過程を、豊富な実物資料と解説パネル、工程を紹介する映像でたどり、さらにはこれからの挑戦にも触れるとても意欲的な試みである。
展示を見ると、染織技術の変化には大きく二つの流れがあることがわかる。ひとつは伝統的な技術体系内での効率化。もうひとつは異なる技術の応用あるいは代替である。そして両者はしばしば同時に進行する。前者の例のひとつが絞り染め。総鹿の子絞りの着物では数万箇所を糸で括る必要があり、作業を効率化するために専用の台がつくられたり、明治末には括りを電動で行なう機械が開発された。現在では後継者不足の問題もあり、括り作業を自動化するロボットの開発が行なわれていることがパネルと映像で紹介されている。
二つの流れに関わる事例は、型染めとその派生技術である。文様を彫った型紙を用いて布に防染糊を置き、糊のない部分を染める型染めは江戸時代から行なわれている伝統的な染織技法のひとつであるが、それは型を用いて同じ文様を繰り返し染めるという省力化・量産化の技術でもある。型紙の性質上、手描きのように自由な図柄を描けるわけではないが、他方でそれは小紋のように手描きでは到底不可能な繊細な文様を生み出しもした。量産化技術である型染めは、他の染織技術にも応用される。友禅では染料を混ぜた糊を型紙で染める型友禅が明治初めに開発されている。その型紙にはやがて木枠が付けられるようになって作業が効率化し、またサイズが小さい渋紙が樹脂板に取って代わられて広い面積が一度に染められるようになった。絣や絞り染など、他の染織技術に特徴的な表現・デザインをコストが安い型染めで模倣代替した事例はさらに興味深い(写真1,2)。技術革新は量産を志向するばかりではない。友禅におけるインクジェットプリンタの導入のように、多彩なデザインを安価かつ効率的に生産する用途にも現われている。
現代において伝統的技術に対する革新のニーズには、需要減を背景とする後継者不足や、道具をつくる職人の減少、良質な原材料確保の困難があり、変化はネガティブに捉えられがちである。しかし、明治から現代に至るまで、手工業の現場において、省力化、精緻化、量産化、技術代替の努力は絶えず行なわれてきた。たしかに製法の変化によって失われたデザイン、質感はあるが、他方で新しい技術は新しい表現、新しい製品を生み、時間が経過することでそれが新たな伝統をつくってきた。日本の伝統的な染織技術の継承と発展は、そうした歴史のうえにあることが強く印象づけられる展覧会であった。[新川徳彦]
関連レビュー
2015/01/14(水)(SYNK)
京都老舗の文化史──千總四六〇年の歴史
会期:2015/01/06~2015/02/11
京都文化博物館[京都府]
京都といっても、これほどまでに由緒をとどめる商家はさほど多くはあるまい。京友禅の老舗、千總の歴史を紹介する展覧会。千總の歴史は、桓武天皇平安遷都の際に御所造営にかかわった宮大工にまで遡ることができるという。応仁の乱のあと京都に戻って法衣商をはじめたのが460年前のことで、千總の名は1669年に室町三条で法衣商を開業した千切屋与三右衛門の孫、千切屋惣左衛門に由来する。千總現会長、西村總左衛門氏は15代目というのだから驚くほかない。本展では、その歴史を物語る文書や系図などの多彩な資料をはじめ、ひな形や図案、法衣や小袖などが展示されている。1月20日以降には、博物館もよりの千總ギャラリーを第二会場にも展示が拡張される。
優れた衣装は、時に、美術品として鑑賞の対象とされる。本展においても、「秋草筒井筒文様小袖」や「鵜飼文様小袖」など、当代最高レベルの染織技法を駆使して「伊勢物語」や謡曲、能楽などから引いた文様を巧みに描いた逸品の数々は見応え十分である。明治期には名だたる画家たちが図案を手がけた工芸品が国内外の博覧会に出品されたことが知られているが、その流れを先導したひとりが12代西村總左衛門であり、本展でも岸竹堂や今尾景年、榊原文翠、望月玉泉らの作品を見ることができる。
しかしながら、あらためて家業としての歴史のなかでみなおすと美術品とは異なる側面が見えてくる。もともと千總の家業であった法衣商という仕事は、御装束師ともよばれるという。公家の儀式や行事、調度や文芸、料理や装束といったことに関わる広範な知識と規範を有職故実というが、装束師の仕事はその有職故実に則って装束を整えることだった。有職故実とは、いってみれば公家社会における秩序や常識である。時代を超えて伝え継がれ時代の流れのなかで変化する秩序や常識、それらにあわせて衣装を調整することが、代々つとめあげてきた千總の役割だったのである。[平光睦子]
2015/01/15(木)(SYNK)
富本憲吉 展 華麗なる色絵・金銀彩
会期:2015/01/17~2015/03/15
奈良県立美術館[奈良県]
日本の近代陶芸を代表する巨匠・富本憲吉の回顧展。初期から晩年までの代表作はもちろんだが、富本と郷里(奈良県安堵町)とのかかわりを示す作品・資料や、富本が色絵技法を研究した九谷焼とのかかわりを示す古今の九谷焼作品が多数展示されており、とても興味深かった。会場にはこと細かに説明パネルが設けられており、わかりやすさを第一に考えた展示が行なわれた。陶芸通にはサービス過剰だったかもしれないが、初心者に優しいことは間違いない。個人的に最も印象的だったのは、展覧会末尾に並んでいた多数の無地の白磁作品。色絵・金銀彩を強調した本展にあって、富本自身が最後まで器のベースとなる本体部分を重視していた事実を示すものだった。
2015/01/16(金)(小吹隆文)
内山聡 展 The human being to click, the animal to click, the machine to click クリックする人間、動物、あるいは機械
会期:2015/01/16~2015/02/15
Gallery OUT of PLACE NARA[奈良県]
内山聡は、芸術作品の創作行為を分解・再構築する作家だ。前回の個展ではカラフルな紙テープを用いて、おそろしく労力のかかった、それでいて美しい作品を発表した。本展でもその作風は健在で、エアマット(緩衝剤)のプチプチ部分に9色の絵具をランダムに注入した平面作品を、なんと1ロール(41メートル)にわたって展開したのだ。そこには「行為」と「連続」と「時間」があり、絵の具とビニールという「物質」があり、分解された各要素を統合することで生まれた「表現物」がある。観客は「この人よくやるよ」と半ば呆れつつ、作品の魅力から目が離せない。
2015/01/16(金)(小吹隆文)
未来技術遺産登録記念 レンズ付フィルム展
会期:2014/10/28~2015/01/25
日本カメラ博物館[東京都]
2014年8月に世界初のレンズ付きフィルムとしてフジカラーの「写ルンです」(1986年発売)が未来技術遺産として登録されたことを記念し、日本カメラ博物館で「レンズ付フィルム展」が開催された。未来技術遺産(正式名称:重要科学技術史資料)は、国立科学博物館が科学技術を切り開いた経験を次世代に継承するため2008年に開始した制度で、これまでに184件が登録されている。本展では「写ルンです」に用いられた技術やデザインの変遷にとどまらず、他社製品、マーケットの状況、同時代のカメラも併せて出品され、一時代を築いた製品の姿が多角的に紹介されていた。
レンズ付きフィルムはどのような点で消費者に受け入れられたのか。写真撮影機材発達の歴史として、展示では「携帯性」「簡便性」「確実性」の三つが挙げられている。レンズ付きフィルムはそのいずれにおいても理想的な商品だったという。携帯性という点では、小型カメラに比べても軽く、小さく、また駅のキヨスクや観光地の売店でいつでも購入可能である点。簡便性では、巻き上げとシャッターを切るだけという簡単操作。確実性では、フィルム装填の必要がなく、また広角系のレンズと高感度フィルムの使用でピンぼけ、手ぶれが起きにくい工夫がなされている。35mmフィルムを使用したカメラでは、フィルムの装填、巻き戻しに失敗することがあったが、レンズ付きフィルムはそうした不確実性を排除することができた。デザインの変遷を見ると、フジカラーが当初フィルムを想起させる箱形の紙パッケージであったのに対して、後発のコニカはカメラに似たプラスチック製のパッケージを用い、その後フジカラーも「フィルム」から「カメラ」へと、その形状が大きく変わっている。他方で初期の紙パッケージは印刷が容易なこともあって、企業やイベントのノベルティーとして、あるいは観光地のご当地モノとして、さまざまなデザインの商品がつくられた点は興味深い。技術面では、フィルムの高感度化、フラッシュの搭載、APSフィルムの使用による小型化があり、またパノラマ撮影や水中撮影、3D撮影など、普通の小型カメラにはない機能を搭載した製品も登場し、活躍の場を拡げていった。
展示資料によれば、レンズ付きフィルム生産の最盛期は1997年。生産数はその後緩やかに減少し、2003年からは激減している。その背景には、カメラ付き携帯電話の登場とデジタルコンパクトカメラへの移行がうかがえるという。撮影機材にとっての「携帯性」「簡便性」「確実性」という課題に応えて写真撮影をとても身近な存在にしたレンズ付きフィルムは、この10年間でさらに優れた製品に取って代わられ、人々の写真の楽しみかたが拡張されてきたということになろうか。[新川徳彦]
2015/01/17(土)(SYNK)