artscapeレビュー

2019年07月15日号のレビュー/プレビュー

ロンドン建築フェスティバル(LFA)」とその周辺

会期:2019/06/01~2019/06/30

[イギリス、ロンドン市]

6月1日から30日は「ロンドン建築フェスティバル(LFA: London Festival of Architecture)」の期間であり、さまざまな場所で同時多発的に建築系のイヴェントや展覧会が開催されている。今年のテーマは「境界」である。滞在中にいくつか遭遇したので、ここで紹介しよう。

ヴィクトリア&アルバート博物館の建築セクションでは、常設展示とのコラボレーション企画がなされていた。常設は三列の構成(構造、プログラム、歴史・地域)によって異なる視点から建築を切りとるが、中央の列の模型ケースの上部にそれぞれ触発され、建築家が構想した紙の模型をのせている。



常設展示のイスラム建築の真上に、LFAのザハによる新作模型がのる


KHBT《LUNCH BREAK》

企画展の「A Home for All: Six Experiments in Social Housing」は、テクトン、ニーブ・ブラウン、ラルフ・アースキンほか、ロンドンにおける社会実験を伴う戦後の6つの集合住宅を振り返る好企画だった。またセントポール寺院やザ・バンクに近い中心部では、ベンチを街中に置くプロジェクト、屋外の空間インスタレーション、ギルドホールのギャラリーでは絵画に描かれた建築展、また倉庫をリノベーションしたヘイズ・ギャレリアでは、建築の環境を解説するパネルを展示していた。


企画展「A Home for All」より、ニーブ・ブラウン《アレクサンドラ・ロード》


ギルドホールにおける「ベンチプロジェクト」の紹介


「ベンチプロジェクト」に出品されたサラ・エミリー・ポーターの作品


ヘイズ・ギャレキリアのパネル展示

短い日数ではとてもすべてをまわりきることができないほど、総数は多いのだが、それぞれは小さな規模であり、ものすごく目立つというわけではない。なお、LFAのプログラムに含まれるかどうかは判然としなかったが、以下のような展示も行われていた。ひとつはAAスクールで教鞭をとる建築家・江頭慎の展覧会「BEAUTIFULLY INCOMPLETE」である。今の流行と関係なく、レオナルド・ダ・ヴィンチのような美しいスケッチ、ドローイング、模型によって、人と密接に関わる建築的な機械をデザインしていた。また今年の「サーペンタイン・パヴィリオン」は、石上純也による浮かぶ石の屋根が話題になっている。まわりのランドスケープを読み込み、そこから生まれる屋根のラインが美しい。日本の公園ではおそらく実現できないカフェ建築として活用されていたのもよかった。



江頭慎「BEAUTIFULLY INCOMPLETE」の展示風景


石上純也が「サーペンタイン・パヴィリオン」に設計した石の屋根

2019/06/27(木)〜29(土)(五十嵐太郎)

「マンガ」展

会期:2019/05/23~2019/08/26

大英博物館[イギリス、ロンドン]

16年前、京都国立博物館で「アート オブ スター・ウォーズ」展が巡回したときも驚いたが、ロンドンの大英博物館で「マンガ」展(The Citi exhibition Manga)が開催されている。もちろん、これは持ち込みではなく、館の学芸員による独自企画だ。大英博物館は、2013年の「春画」展(Shunga: Sex and Pleasure in Japanese Art)も話題を呼んだが、今回は現代日本のサブカルチャーを真正面からとりあげている。



大英博物館「マンガ」展、会場入口付近の様子


マンガの読み方を教えるコーナー

「マンガ」展は、まず冒頭において読み方(コマの順番、ふきだしの形、オノマトペなど)と描き方、近代以前の絵画や明治の新聞漫画との連続性、手塚治虫という原点を説明したあと、スポーツ、冒険、SF、ホラー、学習漫画など、多岐にわたるジャンルを紹介している。複製が多かったパリの「MANGA⇔ TOKYO」展(2018)に比べると、原画を借りられている点は、さすが大英博物館だ。



ふきだしのセリフの上に英訳が貼られている


マンガ編集の現場にあたる編集部の紹介

もっとも、膨大なタイトルがある漫画の世界を網羅するのは難しく(なぜあの作品がないのかを考えだすと、キリがない)、むしろ漫画週刊誌の編集部=生産現場、貸本屋、コミケ、コスプレ、ゲーム化、官公庁や鉄道のキャラ利用、アート化(赤塚不二夫の娘、ロンドン在住のアーティストの赤塚りえ子の作品、ほか)など、漫画をとりまく日本の状況を視野に入れたのが特徴的である。アートを扱う美術館ではなく、人類学的な切り口をもつ博物館ならではの試みだろう。




手塚治虫のコーナー


手塚治虫の展示コーナー、天井から拡大したコマが吊り下げられている

さて、絵画やプロダクトとは違い、漫画を展示する方法には工夫が必要である。しかも日本語の作品だ。原画のサイズは小さいため、会場の天井から拡大したイメージを数多く吊り下げて、天井の高い空間を保たせている。また実際の漫画を並べた本棚を設置し、自由に読めるコーナーをつくり、QRコードから電子書籍にもアクセスをうながす。言語に関しては、いくつかの手法が確認された。原画にアクリルをかぶせ、ふきだしの日本語の上に英訳を貼っているもの。原画の横に拡大した同じイメージを並べ、複製画のふきだし内は英訳とするもの。さらにオノマトペは、コマの欄外に意訳を付すもの。いずれにせよ煩雑になるのは避けられない。また天井から吊るされたイメージも合わせると、同じ絵が3回も登場するのはあまりスマートではないように思われた。そして余談だが、漫画家を紹介するキャプションに血液型まで入れたのは(日本的なのかもしれないが)不要だろう。



赤塚不二夫の娘・赤塚りえ子の作品


実際のマンガ本が並べられている書棚

2019/06/28(金)(五十嵐太郎)

HMSベルファスト号

[イギリス、ロンドン市]

映画やアニメではさんざん見ていたが、ロンドンで本物の軍艦に初めて乗船した。現在、テムズ川に係留された「HMSベルファスト号」は1938年に進水し、第二次世界大戦ではDデイ(ノルマンディー上陸作戦)でも活躍し、1963年に退役した軽巡洋艦である。建築で言えば、モダニズムの時代にあたり、どれくらいの効き目があるのかわからないが、外観は迷彩を施されていた。全長は187m。高層ビルを横倒しにしたくらいの長さがある。乗船すると、テムズ川の両岸がよく見え、ロンドン橋のほか、右手にはノーマン・フォスターによるロンドン市庁舎、左手にはバンク周辺の高層ビルが林立する風景が楽しめる。つまり、かつての戦艦はすっかり観光地となり、都市を眺める展望の機能を獲得している。艦橋からの見晴らしも確認できる。戦争と観光は、ともに眺めのよい場所をおさえることが重要であるという原理を想起させるだろう。



テムズ川に浮かぶ「ベルファスト号」。乗船して内部を見学できる


「ベルファスト号」の見学案内図

とはいえ、当時の最先端テクノロジーをつぎ込んだ、海に浮かぶ鉄の建築だ。やはり、内部の空間も興味深い。大量の乗客を収容するために、垂直に十数層も重ね、上部を客室、下部をサーヴィスのバックヤードにあてる大型客船(全長も350m以上あり、横倒しにした超高層ビルだ)とは違い、機能性を最優先する戦艦は、食堂、調理場、食料貯蔵庫、ハンモックの寝床、売店、治療室など、生活関係の空間をおおむねワンフロアに集約し、水平移動だけですむようにレイアウトされている。



「ベルファスト号」内のオペレーションルーム


「ベルファスト号」に設置された三連装砲塔内部


「ベルファスト号」内のチャペル

展示で興味深いのは、ロンドンが得意とする(?)蝋人形を使い、当時の様子が再現されていること。逆にいうと、それ以外の空間は、砲塔から司令室まで、船員がそれぞれの立場で、コマのひとつとなる巨大な戦闘機械である。とりわけ、当時は最先端だった旧式のコンピュータを備えており、船の技術が輝いていた時代を象徴するかのようだった。



弾道計算を行なっているところ


船内の治療室。歯科検診の様子が再現されている


ハンモックの寝床が再現されている

2019/06/28(金)(五十嵐太郎)

明楽和記「PLAYGROUND」

会期:2019/06/14~2019/06/30

Gallery PARC[京都府]

「白いキャンバス」の空間的拡張としてのホワイトキューブに、カラフルに塗装された既製品や「単色」に還元した他者の作品を配置する行為を「絵画」と見なすことで、「絵画」の概念的拡張を試みてきた明楽和記。ホワイトキューブ内をスーパーボールが飛び交う軌跡をストロークと見なす、配置作品のセレクトをレンタル会社に任せるなど、そこには観客を身体的に巻き込む遊戯性やコントロールを手放す他律性が付随してきた。


「PLAYGROUND」と名付けられた本展では、公園の遊具を模した彫刻、動物の形をした構築物、アイスクリームが展示空間に持ち込まれ、ギャラリーが遊戯的な空間に変貌した。これまでの作品展開の延長線上に位置づけられる作品と、「絵画」を別の軸から問い直す新たな試みが混在し、全体として過渡期の印象を受けた。赤、黄、ピンク、緑、ブルーに塗り分けられた、公園の遊具を思わせる《sculpture》は、「空間に色を置く」行為を絵画と見なすこれまでの制作の延長線上にありつつ、「彫刻」へと反転させる。また、鑑賞者が6色のアイスクリームから好きな2色を選んで白いキャンバスの上に置き、アイスが溶けていくプロセスを「抽象絵画」とする《Melting Painting》は、「色の選択と配置」「他者の判断に委ねる」点ではこれまでの作品と共通するが、「白いキャンバス」が実体的存在として出現(もしくは回帰)したという点では、大きく逸脱する。それは、「絵画」というシステムを文字通り「融解させる」のか、あるいは偶然性や他律性の導入を装いつつ、システムの強化に寄与してしまうのか。両義的な危うさを孕む。



[撮影:麥生田兵吾 写真提供: Gallery PARC]


「実体的存在としての絵画」の出現は、キャンバスや木材の端材を組み合わせ、サイの形の立体物をつくりあげた《変形絵画》につながっていく。皮膚のように、木材の骨格を覆うキャンバスやパネル貼りされていないキャンバスは、具象の静物画、抽象画、心象風景的なイメージなど、複数の異なる画風が混在する。これらは、明楽自身が描いたものではなく、知り合いから譲り受けたものやリサイクルショップで購入したものだという。「不要」と判断された「絵画」たちが、骨格(木材)と皮膚(キャンバス)という物理的構造を露わにしつつ、廃墟か残骸のような生き物の姿を借りて亡霊的に出現する。封印してきた「絵画」への愛憎のような感情が一気に噴出し、コンセプト先行のこれまでの作品の裏返しのような衝動性を感じさせ、「絵画」をめぐる明楽の思考実験の今後の分岐点となるかもしれない。



[撮影:麥生田兵吾 写真提供: Gallery PARC]


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2019/06/29(土)(高嶋慈)

田名網敬一の観光 Keiichi Tanaami Great Journey

会期:2019/07/05~2019/08/21

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

幼少期の頃に見た原風景や体験した原体験が、クリエイションの原点になっているというクリエイターは案外多い。グラフィックデザイナーでありアーティストである田名網敬一もそのひとりだ。

私は数年前に田名網にインタビューをしたことがあるのだが、そのときに聞いた話がとても強烈でいまでも忘れられない。太平洋戦争中のある晩、空襲警報が鳴り響き、幼かった田名網は家族とともに防空壕へ避難した。庭の防空壕の側には大きな水槽があり、そこに金魚が泳いでいた。空からはアメリカ空軍による焼夷弾がどんどん降ってくる。そのときに照明弾が水槽に当たり、強い光の中で金魚の鱗がピカピカ、キラキラと輝いた。その様子を「火の海に浮かぶ金魚」と田名網は形容し、幼すぎたゆえに、恐怖よりもワクワクとした興奮を覚えたと話す。この原体験が、大人になった後にアメリカで触れた1960〜1970年代のサイケデリック・ムーブメントとひとつにつながった。奇怪で色鮮やかな田名網の作品はサイケデリックと評されることが多く、それゆえに熱烈なファンも多いが、田名網にとってのサイケデリックの原点は幼児期の戦争体験にあるのだ。

すでに80歳を超えた年齢でありながら、いまもなお精力的に創作活動を続ける田名網の展覧会が開かれている。新作プリント作品のほか、立体作品、アニメーション、食器のデザイン、書籍や雑誌の装丁など、幅広いジャンルにわたり、田名網は独特の世界を表現し続ける。そこに見られるモチーフはアメリカンコミックから引用された爆撃機や爆弾、金魚、鶏、ミッキーマウス、ロボット、橋などさまざまで、一見、混濁した印象を受ける。しかしどれも自身の記憶や夢が元になった曼荼羅図のようなものだという。そう、戦争体験すらも明るいポップな作品へと昇華されるのだ。いま、世の中のありとあらゆるものが清潔で端正なものが良しとされ、それに慣れきってしまった。そんな時代だからこそ、暴力的なまでに心がかきむしられる田名網の作品は、ときには良い刺激になるのではないかと思う。

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー
[写真:藤塚光政]

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー
[写真:藤塚光政]

公式サイト:http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000739

Poster Design: Keiichi Tanaami

2019/07/05(杉江あこ)

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2019年07月15日号の
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