2019年08月01日号
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artscapeレビュー

2019年08月01日号のレビュー/プレビュー

笠井爾示 写真展「Lazy Afternoon」

会期:2019/07/12~2019/07/28

神保町画廊[東京都]

笠井爾示(ちかし)のデビュー写真集は『Tokyo Dance』(新潮社、1997)だから、それからもう20年以上経つわけだ。「若手」写真家の代表格だった笠井も、中堅からベテランの域に達してきた。そのあいだ、写真集の刊行や展覧会の開催がやや途絶えた時期もあったが、このところ『東京の恋人』(玄光社、2017)、『川上奈々美写真集 となりの川上さん』(同)、『七菜乃と湖』(リブロアルテ、2019)、『トーキョーダイアリー』(玄光社、2019)と立て続けに写真集を刊行し、新たな活動期に入ってきている。

女性モデルのポートレート40点による今回の神保町画廊での個展には、笠井の代名詞というべきヌード写真は1点も入っていない。それを期待して見にきた観客には肩すかしかもしれないが、むしろ彼の眼差しの素の部分が写真にしっかりと写り込んでいて、興味深い展示になった。笠井に限らず男性写真家が女性モデルを撮影する場合、どうしてもエロティックな表情、身振りを要求することになりがちだ。今回の写真の中にも、つい職業的なポーズを取ってしまったモデルを撮影した写真がないわけではない。だが大部分の写真は、慎み深さを感じさせつつ、平静な視点で、そのモデルの魅力を引き出している。特に、モデルとその背景となる環境との関係に、細やかに気を配っている写真が多い。写真の選択・構成にも手抜きがなく、会場には気持ちのいい空気感が漂っていた。

ただ、このところの笠井の写真集や展覧会が、どちらかといえば破綻のない、安定した表現の水準に留まっていることにはやや不満がある。そろそろ大作にチャレンジする時期がきているのではないだろうか。

2019/07/19(金)(飯沢耕太郎)

水野里奈「思わず、たち止まざるをえない。」

会期:2019/07/12~2019/07/28

ポーラ ミュージアム アネックス[東京都]

見て楽しめる絵画というのは、ありそうで意外と少ない。あっても中身が薄いとか思想性に欠けるとかいわれそう。でも、思わず立ち止まって見入ってしまうような絵が描ければ、とりあえず勝ちだ。どうやら水野里奈は、タイトルにもあるように、立ち止まらざるをえない絵画を目指しているらしい。

水野の作品はどれも、波打ち渦巻くような黒い線描が縦横に走り、その隙間に中東あるいは中華風の色鮮やかな花模様や虹のパターンが現出し、ところどころキャンバス地(余白)が顔を出している。水野によれば、「中東の細密画の装飾性・伊東若冲の水墨画・キャンバス地そのもの」の3点セットだ。大雑把なモノクロのブラッシュストロークと、細密でカラフルな植物画という対照的な要素が画面に同居し、日本的とも西洋的ともアジア的ともいいがたい独自の空気とダイナミズムを生み出している。その情報量の多さと多彩さゆえ、見ていて飽きることがない。

今回は幅5メートルを超す巨大絵画を掛けた壁面にも、墨でウォール・ドローイングを施している。画面内の形態が一部そのまま壁につながるように周囲に伸びているため、絵画の中身が壁面にジワリと浸透していくような印象だ。その壁面のドローイングは大きく渦巻き、若冲もさることながら蕭白の運筆を彷彿させる。これはアッパレ!

2019/07/20(土)(村田真)

Ascending Art Annual Vol.3 うたう命、うねる心

会期:2019/07/04~2019/07/23

スパイラルガーデン[東京都]

若手女性作家グループ展シリーズ第3弾は、「うたう命、うねる心」をテーマに、大小島真木、川越ゆりえ、笹岡由梨子の3作家を紹介。大小島は吹き抜けの巨大空間にクジラのかたちをした絵を5点、天井から吊り下げている。クジラの輪郭に貼り合わせた皮革の表面に、星座や骸骨や瓦礫などを描き、地球環境や生命の循環を表しているようだ。んが、宙吊りにしたため裏側も見えてしまうのが難点。かといって壁に貼ってもおもしろくないし。

川越は昆虫の標本箱を展示しているのだが、虫たちはすべて彼女が創作した架空のもの。赤いつぶつぶを背負っていたり、体の一部が繋がっていたり、ブリューゲルの絵から出てきたようなキモイ虫たちばかり。まあ中身はともかく、標本箱というのは形式的にはタブローに近く、そこに絵画の可能性が秘められているような気がする。

笹岡は映像インスタレーション《Gyro》を出品。カラフルな動物たちが行き交う森のなかで、顔を紫と緑に塗り分けた人物が「許します」「許します」とつぶやいている。動物の顔は人の手で表され、なんともいえず奇妙。なにがなんだかわからないのに、比類のない世界を築き上げていることはわかる。ところで、先ほど見たポーラの「水野里奈展」といい、女性をターゲットにした企業のアートスペース(スパイラルはワコールが運営)が、女性作家を支援する例が増えているのは喜ばしいことだ。理念に合致する作家だけでなく、幅広く支援してほしい。

2019/07/20(土)(村田真)

澤登恭子「Rondo」

会期:2019/07/13~2019/08/03

CAS[大阪府]

パフォーマンス、映像、インスタレーションを通して、女性性の問題や、記憶や夢といった無意識の領域を扱ってきた澤登恭子。本展では、代表作と言えるパフォーマンス作品《Honey, Beauty and Tasty》の再演と、近作の映像インスタレーションが展示された。

《Honey, Beauty and Tasty》は2000年に大学院修了制作として発表された後、国内外で再演を重ねてきた。作品の核は澤登自身が行なうパフォーマンスにあり、本展でも初日にパフォーマンスが行なわれ、会期中は、使用されたDJブースの背後に記録映像が投影されている。回転するLPレコードの上に滴り落ちる蜂蜜を舌で舐め続ける、キャミソール姿の女性。DJのスクラッチの代わりに、舌の動きと堆積していく蜂蜜の重みによって、高揚感を誘うトランステクノには、次第にノイズや歪みが混じっていく。淡々と行為に従事し続ける澤登は無表情だが、辛そうにも気だるげにも見える。時折、髪をかき上げる仕草や、顔や髪の上にも滴り落ちる蜂蜜は、エロティックな含みを増幅させる。「レコードの上の蜂蜜を舌で舐める」というシンプルな行為だが、それが含意する問題提起は明らかだ。つまり、「(男性の)性的快楽のために奉仕させられる女性」への強烈なアンチである。

「Honey」は、体液の代替物であり、恋人への甘い呼びかけであり、ご褒美としての甘い蜜でもあり、多義的な意味を担う。赤いマニキュア、口紅、キャミソールといった記号としての「女性」を身にまとった澤登は、ビートの効いたダンスミュージックの高揚感や陶酔が暗示する、性的快楽の高まりに従事し続ける。だが、高揚感や快感をもたらすはずのダンスミュージックは、舌の動きと蜂蜜の重みによって次第に鈍く不穏なものへと変容し、引き伸ばされた快楽は絶頂に達しないまま、ただ回転し続ける。ここでは、不在で不可視の「踊り手」こそが問われている。《Honey, Beauty and Tasty》は、極めて戦略的な選択により、「(男性の)性的快楽のために従事する女性」を一種の記号化されたパロディとして演じ直すことで、問題提起を突きつける。



[撮影:笹岡敬]


「回転」は、もうひとつの出品作品《Träumerei-夕べの夢想》にも共通する要素だ。この作品では、夜の遊園地で撮影されたメリーゴーランドと観覧車の映像が、重なり合った薄いオーガンジーの幕に投影され、夢のなかの光景のような浮遊感をもたらす。煌めくイルミネーションや夜景の夢幻的な儚さ、オルゴールの音が増幅させる懐かしさ。だが、夜間の無人の遊園地はどこか不穏さをたたえ、回転する木馬も観覧車もどこへも行き着けない。「幸福な幼年期の夢」に閉じ込められた出口のない世界、という悪夢的な状況がここでは差し出されている。



[撮影:笹岡敬]


2019/07/20(土)(高嶋慈)

May I Start? 計良宏文の越境するヘアメイク展

会期:2019/07/06~2019/09/01

埼玉県立近代美術館[埼玉県]

一般にヘアメイクアップアーティストというと、モデルにヘアメイクを施す人という、いわば裏方のイメージが強い。しかし本展を見て、そんなイメージは吹っ飛んだ。「メイク」という言葉どおり、まさに創作なのだ。現にメイク道具が展示されているコーナーでは、化粧筆やファンデーション、口紅などのほか、ハンダゴテなどの工具類まであり、創作の現場をリアルに物語っていた。

本展は資生堂ビューティークリエイションセンターに属するトップヘアメイクアップアーティスト、計良宏文(けら・ひろふみ)の仕事を紹介する展覧会である。同センターには約40人のヘアメイクアップアーティストが在籍しており、なかでも最高レベルの技術を有する者には「トップ」と冠がつけられる。計良はそのうちのひとりというわけだ。最初のフロアでは美容専門誌や資生堂「TSUBAKI」の広告などで担当したヘアメイクを写真で展示。それぞれの企画意図に沿いながらも、斬新なヘアメイクに挑んだ姿勢が伝わる。

Which is your Giulietta? Alfa Romeo/I am GIULIETTA. The Drive Art Exhibition 2012
Photo Joichi Teshigahara. Stylist Yuki Mayama

しかしそれらはまだ序の口だった。次のフロアでは「LIMI feu」「ANREALAGE」「SOMARTA」など、最前線で活躍する日本人デザイナーのファッションブランドとの仕事が紹介される。パリコレクションをはじめとするファッションショーで実際に使われたヘア(ウィッグ)の展示を観ると、冒頭で述べたとおり、まさに彼の仕事が創作であることがひしと伝わる。ヘアメイクはファッションブランドの世界観をつくり上げるための重要な要素であり、ともすれば洋服の一部にも代わる存在なのだ。デザイナーとともにその世界観を共有しながら、さらに自身の感性と表現力、技術力で勝負しなければならない。そして最後のフロアではアーティストの森村泰昌や華道家の勅使河原城一との共作が展示されていた。特に勅使河原と共作した、花とヘアとを融合させた写真作品《Flowers》ではヘアメイクの新たな境地を見ることができた。ここまでくると、ヘアメイクもファインアートとなる。

計良宏文×勅使河原城一《Flowers》2019

私がもっとも興味を惹かれたのは、ファッションデザイナーの坂部三樹郎との共作で、ひとりの女性に39通りのファッションとヘアメイクを施した新作映像インスタレーションである。ごく普通の顔の女性がファッションとヘアメイクによって、清楚にも、アイドルっぽくも、オタクっぽくも、幼くも、大人っぽくも、強くも、怖くもなることを見事に表現していた。つまり腕さえあれば、ヘアメイクによって自分の姿をどうとでも創作できることをつくづく思い知ったのである。

MIKIO SAKABE 2018年春夏コレクション


公式サイト:http://www.pref.spec.ed.jp/momas/index.php?page_id=413

2019/07/21(杉江あこ)

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