2018年04月15日号
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artscapeレビュー

石川直樹「この星の光の地図を写す」

2017年02月15日号

会期:2016/12/17~2017/02/26

水戸芸術館現代美術ギャラリー[茨城県]

石川直樹の写真について、大きな誤解をしていたことに気づいた。かつて五大陸最高峰登頂の最年少記録を持っていたという“冒険家”としての経歴、人類学的なフィールドワークを基点として「この星の光の地図」を描き出していくという壮大な意図に裏づけられた彼の写真は、精密な描写と被写体への客観的な距離を前提とした「男性原理」的な写真であるべきだという思い込みが僕にはあった。だが、そうではなく、彼の写真家としてのあり方は「女性原理」に基づくものだったのだ。
「女性原理」的な世界へのアプローチは、「異化、分類」ではなく「同化、受容」を基本とする。被写体との感情的な共振を大事にし、視覚的というより身体的、触覚的だ。だから、画面がブレようが、傾こうが、被写体がフレームからはみ出そうが意に介さない。シャープなピント、緻密な画面構成をめざす「男性原理」的な写真とは対照的なアプローチといえる。これまで、石川の作品のクオリティの低さについて、いつも不満と苛立ちを覚えていたのだが、彼が「女性原理」的な写真家であるとすれば辻褄が合う。
とはいえ、今回、水戸芸術館現代美術ギャラリーで開催された、初期から近作まで450点あまりの作品が並ぶ「初の大規模展」を見て感じたのは、やはり物足りなさだった。もしも「女性原理」的な写真にこだわるのなら、なぜ身体化しやすい小型カメラではなく、扱いにくい6×7判のアナログ・カラーフィルムのカメラをわざわざ使うのだろうか。さらに展示を見ると、「女性原理」的な写真だけでなく、「男性原理」的なアプローチの写真もまた不用意に混じりあっている。複数の写真が壁面に並ぶ時に、展示が「とっちらかって」見えるのはそのためだろう。そもそも「この星の光の地図」を描き出すという、厳密さを要求される作業が、感情的、感覚的なスナップショットだけで成り立つとはとても思えない。
ということは、石川に必要なのは「女性原理」と「男性原理」を融合・統合した、いわば両性具有的な写真のあり方をめざすことではないだろうか。その意味では、会場の最後のパートに置かれた「TIMELINE」(2016)の写真群が、もっとも彼らしい仕事であるともいえる。「福島の中高生とともにミュージカルをつくっていく」というイベントの記録なのだが、その内容と、石川の衒いのない撮影ぶりがしっくりと融けあって、いい雰囲気を醸し出していた。この作品は、写真家・石川直樹のひとつの方向性を示すものだと思う。
ただ、このような被写体との親密な触れ合いを基調とする写真撮影が、いつでも可能であるとは思えない。冷静でロジカルな判断力が必要とされる「男性原理」的な写真が求められる場面も多々あるはずだ。展示を見て、そのあたりに折り合いを付けつつ、新たな写真家像をどのように打ち立てていくのかを、きちんと問い直すべき時期に来ているのではないかと思った。

(2017年2月21日修正)
(2017年2月28日修正)

2017/01/17(火)(飯沢耕太郎)

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