artscapeレビュー

淺井愼平「HŌBŌ 星の片隅」

2013年07月15日号

会期:2013/05/30~2013/07/01

キヤノンギャラリーS[東京都]

「HŌBŌ」は淺井愼平が1997年に刊行した写真集のタイトル。旅先で切り取った光景を集成した写真集に「あちこち放浪する人」(もともとは日系移民が使っていた言葉だという)を意味するこの言葉はぴったりしている。それから15年以上を経て、淺井はキヤノンギャラリーSの10周年記念企画の一環として開催された展覧会で、同じタイトルを使った。今回は2011~13年にアメリカ・テキサス州、沖縄、ニュージーランドなどで撮影された近作のみで構成されている。やはり旅と移動が、写真家としての彼の基本的な撮影のスタイルであることに変わりはないことがよくわかる。
鋭いナイフですっと切り抜かれたような、これらのスナップ写真には、ガラス窓や鏡に映る自分の姿以外には「人」の姿がほとんど写り込んでいない。かといって、淺井の写真が「風景写真」なのかといえば、それとも違う。そこには人間の残した痕跡(足跡、ペンキの塗りむら、グラフィティ、古写真、看板など)が、たっぷりと写っているからだ。われわれはそれらの写真を見ながら、そこで何が起こったのか、あるいは起こりつつあるのかを想像する。そんな見えない物語を浮かび上がらせるための手がかりを、淺井は巧みに画面に配置していく。
このような写真は、むしろ「シーン」の集積といえるのではないだろうか。淺井は少年時代から映画に魅せられ、早稲田大学在学中は映画監督になることを夢見ていたという。旅先で好みの景色や事物を見出したとき、彼はあたかも監督が映画の「シーン」を構築するように、シャッターを切っているのだろう。実際に彼の写真の一枚一枚を組み合わせていくと、そこからさまざまな映画(物語)が生まれ落ち、育っていくようにも見えてくるのだ。
なおキヤノンギャラリー銀座では同時期(5月30日~6月5日)に「東京暮色─『早稲田界隈』より」が開催されていた。こちらはしっとりとしたモノクローム写真中心の展示。早稲田大学周辺の時の流れや澱みを、丁寧に写しとっている。

2013/06/01(土)(飯沢耕太郎)

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