artscapeレビュー

ヨコハマトリエンナーレ2014「華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある」

2014年10月01日号

会期:2014/08/01~2014/11/03

横浜美術館、新港ピア(新港ふ頭展示施設)[神奈川県]

昨今の地域型国際展や芸術祭に出品される作品の多くが、その土地の「記憶」を主題としがちなのに対し、本展のアーティスティック・デイレクターである森村泰昌は「忘却」をテーマとして掲げた。その超然とした態度には、そうした国際展や芸術祭がアートツーリズムに全面的に依拠していることへの批評性も、おそらく多分に含まれているのだろう。会場に漂っている静謐な雰囲気は、賑やかしを演出するアートを断固として拒否する明快な意志の表われのように見えたからだ。森村の野心的で潔い心意気は、ひとまず高く評価したい。
焚書について描いたレイ・ブラッドベリのSF小説『華氏四五一度』からテーマを引用しているように、本展は一冊の書物として構成されている。2つの序章と11の章によって、さまざまな入り口から読者=鑑賞者を忘却の海へと誘う仕掛けだ。語らないもの、語ってはならないもの、語りえぬもの。見たくないもの、見てはならないもの、見えにくいもの。とるにたらないもの、役に立たぬもの。そのような記憶されることのない忘却世界が、次から次へと眼前に現われるのだ。
もとより、大げさなスペクタクルとは端から無縁ではある。だが、本展の全体的な印象は、あまりにも禁欲的すぎるがゆえに、読者=来場者を自ら遠ざけてしまっているというものだった。ミニマリズムの傾向が強い作品が数多く出品されていることや、そのわりにはキャプションの解説文が不十分であり、森村自身による音声ガイドを聴いて初めて納得するという、複雑さがその例証である。私たちは、21世紀になってもなお、(あのクソツマラナイ)ミニマリズムを見なければならないのだろうか。不親切な解説文を読んで、現代アートは難解だというクリシェを、不愉快な苛立ちとともに、また上書きしなければならないのだろうか。
忘却の海への冒険は、「冒険」であるからには、もっと高揚感を感じてよいはずだし、驚きや不安、新たな発見に満ち溢れ、身体的な感覚を刺激するようなものであっていい。それらは、忘却というテーマとは無関係に、アートそのものなかに内在している、アートならではの特質だったはずだ。
とはいえ、個別的に見れば、そのような要素を含んだ作品がないわけではない。
たとえば福岡道雄の作品。巨大な平面に「何もすることがない」とか「何もしたくない」という文字が無数に描かれた作品だが、これは正確に言えば「描いた」のではなく「彫った」もの。そのことを知った瞬間、目前に広がる虚無的な文字の羅列が、一気に反転し、「何かをしたい」という表現への欲動が文字の向こうから強烈に押し寄せてくるのである。この鮮やかな経験こそ、アートの醍醐味にほかならない。
そして和田昌宏の作品は、まさしく「見てはならない」「見えにくい」ものを直視させる点で、忘れがたい印象を残す。ガンジーの置物にフィットする杖を自分の子どもとともに探し出す映像作品を見ると、子どもの眼がガンジーの置物をひとりの人格としてみなしていることがよくわかる。だが、私たち自身もまた、幼少時にはそのような視線を持って世界を見ていたはずなのだ。その視線をどこかで捨て去り、世界を客観的な現実として冷静な眼差しでとらえるようになってしまったことの退屈さを思い知るのである。もうひとつの映像作品は、妻の父親、すなわち義理の父に、その世界の真実について尋ねるもの。だが、自分が「あらゆるものが手に入る存在」であり、「まもなく世界を支配している組織の幹部になる」と力強く断言する義理の父の言葉を目の当たりにすると、「見てはならないもの」を見てしまったようなバツの悪さを覚える。とはいえ、これにしても、そもそも現代アートの真骨頂は、そのようにして図らずも出会ってしまったわけのわからぬ作品に伸るか反るかという問題にあるのであり、この和田の怪しげな作品を楽しむか退けるかも、とどのつまり鑑賞者の度量と判断によるのだ。伸る人は、ぜひ会場に用意された聖水を口にしてみるといい。
忘却の海を航海することと禁欲的な作品をマゾヒスティックに鑑賞することは、イコールではない。言い換えれば、忘却世界への入り口はもっと無数に、もっと豊かにあるはずだが、本展の入り口は数が多いわりには、あまりにも偏っていたように思う。たとえ表面的には賑やかしのアートに見えたとしても、その内側に忘却世界への入り口が隠されている例がないわけではなかろう。そこを切り開くのが、キュレーションの妙ではなかったか。さらに付け加えれば、「福岡アジア美術トリエンナーレ」や「札幌国際芸術祭」など、本展とは直接的に関係のない国際展や芸術祭についてのブースがあるなど、展示構成にも疑問が残る。
アートはもっと幅広いものだし、世界にはおもしろいアーティストがもっとたくさんいる。記憶せよ、本展が忘却の海に沈めたこの事実を。

2014/09/05(金)(福住廉)

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