2021年09月15日号
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artscapeレビュー

山崎広太『Running』(「Tokyo Experimental Performance Archive」での上演)

2014年10月01日号

会期:2014/09/23

SuperDeluxe[東京都]

アメリカン・ヒットチャートのポップソングたちが立て続けに10曲以上かかっただろうか、40分超のパフォーマンスはほとんど同じbpmの音楽が観客と山崎広太の耳を覆うなかで進められた。構成は大きく三つに分かれていた。冒頭、山崎は浴衣に白いつば広の帽子を被り、うつむき加減で踊った。舞踏にも映る。手の指が小刻みに揺れる。でも、せわしなく動く足が体を平行移動させるのは、舞踏というより黒人系のダンスのようだ。強烈に内側に籠るのではない。その分、軽い。軽いが足と腕が別系統で動いているように見えるときなど、スリリングな瞬間が頻発する。浴衣と帽子を取ると、スポーティな短パン姿で、山崎はファッションショーのウォーキングのように、舞台奥か前に歩いて来ては退く。何十回と繰り返しても、そのたびニュアンスが違う。頻出する動きもあった。それは身体に障害をもっているかのような引きつった動作。ウォーキングが崩れてくると、突拍子のない動きが連なる。連結は滑らかなのだが、それでも、意外なイメージが飛び込んできて驚かせる。山崎らしいスリリングでユーモアも漂うダンスがあらわれた。そう思ってみていたのだが、終幕に近づくにつれて、とくに曲がアップテンポになると、それに合わせて激しくなる分、山崎の動きがエクササイズに見える場面が出てきた。エクササイズが舞台に持ち込まれてもよいけれども、印象として残念なのは、音楽に山崎の動きが支配されているように見えたことだ。ポップソングの力を舞台に置いてみたかったということなのだろうか。そうなのかもしれない。けれども、ポップソングと対峙するならば、音楽に身体を合わせるのとは異なる、もうひとつ別のアイデアが置かれても良かったのではないか。そうすると、あえてアメリカのポップソングを用いる批評的な意味があらわれたのではと思う。

2014/09/23(火)(木村覚)

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