artscapeレビュー

ハービー山口「1970年、二十歳の憧憬」

2010年11月15日号

会期:2010/09/24~2010/11/02

キヤノンギャラリーS[東京都]

ハービー山口のモノクロームのスナップショットは、見る人に安らぎと懐かしさの感情を呼び起こす。過度に苛立たしさをあおったり、ネガティブな気分に引っぱり込んだりすることなく、「これでいいのだ」という気持のよい安心感をを与えてくる。この窮屈で息苦しい時代において、彼の写真がきちんと一定数の読者や観客を獲得し、展覧会が開催され、写真集の出版が続いているのはそのためだろう。ハービー山口は「超」がつくような人気者になることはないだろう。だが目立たないところで実力を発揮し、写真の世界を底支えしているのは彼のようなタイプの写真家だと思う。
今回のキヤノンギャラリーSでの個展、及び求龍堂から刊行された同名の写真集は、その彼の原点とでもいうべき20歳前後、1969年~73年に撮影した写真を集成したものである。これらの写真もまた、ポジティブで安定感のある現在のスタイルと比較して、それほど大きな違いはない。むしろ最初から「写真によって生きる希望を探す」という姿勢が見事に一貫していることに驚かされる。憧れの女の子にカメラを向けても、学生のデモや返還前の沖縄を撮影しても、翳りや、歪みがほとんどといっていいほど感じられないのだ。
だが、本当にそうなのだろうかと、僕などは考えてしまう。写真をやや斜めから見続けてきた評論家の悪癖なのかもしれないが、どこかきれいごと過ぎる気もするのだ。青春時代につきまとうコンプレックスや、卑屈さや、こすっからしさをいまさら見せてもしょうがないというのもよくわかる。それでも、ざらついた感触の、塞がりかけた傷口がうずくような写真をもう少し見てみたいとも思う。それは無い物ねだりなのだろうか。

2010/10/13(水)(飯沢耕太郎)

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