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豊島美術館(西沢立衛)/《母型》(内藤礼)

2010年11月15日号

[香川県]

竣工:2010年

内藤礼氏による《母型》というたったひとつの作品のための美術館。設計は西沢立衛氏。瀬戸内海の豊島に建てられ、瀬戸内国際芸術祭会期中の10月17日に、一般公開が始まった。延床面積2,400平米の空間を、その大きさに比して、約4.5mという非常に低い天井のコンクリートシェルが覆うため、無柱空間であることがひときわ強調される。シェルには二つの大きな穴が開けられており、全体として閉じられた内部空間はどこにもない。内藤氏の作品は、床にあけられた186の穴から地下水が断続的に湧き上がり、水滴がある一定の大きさを超えると、撥水剤を塗布され、眼に見えないくらいの微細な傾きをもった床の上を、生き物のように流れだし、時に連結し、時に分裂もしながら、複雑に動き、水たまりを構成したり、別の穴へと吸い込まれていくもの。その水の移動のスピードにも驚かされた。広大な空間に、多種多様な水の動きが同時存在し、風や光や音、温湿度の状況、そして観察者の存在によって、どんな瞬間でも、二度と同じ動き、同じ状態は現われないであろう。自然と建築とアートが、完全に一体となり切り分けることのできないような作品である。この建築自体が水滴をモチーフにしており、さらに呼応して、内藤氏が作品の一部として開口部に設置したリボンが、遠目には建築に入り込む大きな水滴を出現させているようにも見える。また、眼に見えないくらいの床の微地形の施工精度は驚くべきである。これまでのどんな建築にもなかった床であり、同時にそれは美術作品の一部ともなっている。サイト・スペシフィックな美術作品は数あれど、基本的にはその場所に特有の作品ということであり、逆にその作品がその場所の条件となっていることはない。つまりこの美術館と作品は、サイト・スペシフィックなアート作品とも同列には並べられない。建築のゆるやかな自由曲線から、同じく西沢氏が、妹島和世氏とともにSANAAとして設計した、ローザンヌ連邦工科大学ロレックス・ラーニング・センターの形状も思い浮かぶ。曲面や開けられた開口部は似ているかもしれない。しかしロレックス・ラーニング・センターが、人間のスケールにあったゆるやかな曲面から空間が構成されるのに対して、豊島美術館は、内部も外部もなく、環境と建築の区別もなく、知覚される床はフラットであるにもかかわらず、水の動きを見ているとフラットではないといったような、人間のスケールをなにか超越したような、また対立概念の数々を乗り越えるような、これまでになかった存在感を持った建築であるといえるだろう。「奇跡の建築」といって相応しいように思えた。

2010/10/23(土)(松田達)

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