artscapeレビュー
2011年05月15日号のレビュー/プレビュー
市川孝典「FLOWERS」
会期:2011/04/28~2011/05/29
NADiff Gallery[東京都]
特異な才能というべきだろう。市川孝典はまさに「写真脳」の持ち主だ。たしかに、一度目にした場面を、そのままカメラのシャッターを押すように記憶することができる者がごく稀にいる。だが彼のように、幼年時代にまでさかのぼって、視覚的記憶をありありと再現できるというのは驚異的としかいいようがない。しかも、それらは「ふとしたときに勝手に甦る」のだという。それを何カ月もかけて「紙に映る」ところまで育てあげ、画像として定着していく。その画像再現のプロセスもまた、きわめて特異なものだ。彼が考案した「線香画」は、これまた誰にも真似ができないものだろう。「60種類の線香を、温度や太さなどで使い分け、一切の下書きなしに少しずつ紙を焦がしながら絵を描いて」いくのだ。微妙な陰翳を持つ焼け焦げによって形づくられるイメージは、やはりどこか写真を思わせるところがある。まったく寸分の狂いがない画像を、何枚でも「線香画」に仕立て上げることが可能なのだ。脳と身体が直結して、そのままカメラと化しているわけで、こんなアーティストは僕が知る限り前代未聞だと思う。
今回のNADiff Galleryの展示でも、その超絶技巧を充分に堪能することができた。こういった特異な集中力の持ち主は、脳に障害をかかえている場合が多く、それを自分でコントロールするのは難しくなる。だが市川の場合、衝動に身をまかせきっているわけではなく、一面ではかなり冷静に手順を追って自分の作品を完成させていくことができる。今回は、花や蝶の輪郭をくっきりと描き出した「わかりやすい」作品だけではなく、どこか不気味な抽象画のような場面の作品も展示していた。聞けば、それは脳内に再現される記憶がまだぼんやりとしている段階で形にしたものなのだという。そんなこともできるのかと驚くしかないが、それでも彼の能力がまだ完全に開花しきっているようには見えない。もし彼がこのまま表現者として成長し続けていけば、いったいどんな怪物じみた作品が出現してくるのか。途方もない可能性を秘めた才能だと思う。
なお、東京都現代美術館内のWall Gallery/NADiff contemporaryでも、6×3メートルという彼の大作「merry-go-round」が展示されていた(4月6日~5月8日)。こちらも凄いとしかいいようがない。
2011/04/29(金)(飯沢耕太郎)
トーキョー・ストーリー2010
会期:2011/04/28~2011/06/26
トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]
TWSのクリエーター・イン・レジデンスに招聘されたり海外に派遣されたりしたアーティストの活動を、渋谷、本郷、青山の3カ所で紹介している。渋谷では下道基行とカールステン・ニコライの作品が秀逸。下道は、古本のシュリーマン『古代への情熱』と手塚治虫『ブラックジャック2』を合本させたり、夏目漱石や宮沢賢治らの文庫本の巻末にある略歴を継ぎはぎして『略歴集』を編んだりして、それを人から人へと手渡していく《旅をする本》と、アジア、ヨーロッパ、日本の各都市の屋外にある椅子を撮り集めた《そといす》というふたつのシリーズを出している。各地を旅するなかから編み出されたアートですね。カールステン・ニコライは、おっさんが飲料水の自販機にコインを入れると自販機が光を点滅させながらリズミカルな音を奏で、最後にボトルが出てくるというビデオを制作。おっさんが見た一瞬の夢みたいなファンタジックな映像だ。ヨーロッパには自販機は少ないから珍しいのかも。
2011/04/30(土)(村田真)
松本典子『野兎の眼』
発行所:羽鳥書店
発行日:2011年4月15日
奈良県吉野郡天川村。まだ行ったことはないのだが、以前からずっと気になっていた。紀伊半島のほぼ中央に位置し、龍神信仰で知られる大峯山龍泉寺があるこの村は、その名の通り天から流れ落ちる水がゆるやかに巡って、森羅万象を生気づけているような場所なのではないかと思う。写真を撮影する条件はいろいろあるが、土地そのものが発するパワーを、どんな風に受けとめて投げ返すのかも大事なポイントになるのではないか。この天川村に住む少女を撮り続けた松本典子の写真集『野兎の眼』を見ながらそんなことを考えた。
松本は1997年頃、村の秋祭りで14歳の少女に出会った。その瞬間に「何か大きなものにつながっている」気がして、思わず「10年間写真を撮らせて」と話しかけていたのだという。彼女の両親が東京から天川村に移り住んでいたこともあって、それから帰省するたびに待ち合わせて、年に1~2回くらいのペースで彼女を撮影し続けていった。まだ幼さが残っていた少女はみるみるうちに成長し、妖艶な大人の女性になり、結婚し女の子を産む。その10年間のめまぐるしい変化とともに、おそらく千年、二千年といった単位でゆるやかに移り動いていく森や大地や海のたたずまいが対比的に捉えられている。とはいえ、少女も自然もどっしりと安定しているのではなく、微かに震えながら明滅を繰り返しているような「生きもの」として見えてくることには変わりはない。写真集を見た後もその余韻は続いていて、なんだか舟旅を終えた後のように、体に揺らぎが残っている気がしてくる。たしかに「10年」という区切りはつき、写真集も見事に仕上がったのだが、まだここで完結したという感じがしないのだ。少女とその娘の行く末を見つめ続けることで、さらなる「天川サーガ」を編み上げることはできないのだろうか。
2011/04/30(土)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2011年5月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC) アーティスト・イン・レジデンス2010 反応連鎖 PLATFORM 1「24 OUR TELEVISION」
青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)の展開するAIR事業の一環として、アーティスト・ユニット Nadegata Instant Partyを招聘し進められたプロジェクト「反応連鎖 PLATFORM 1」の活動記録集。「24 OUR TELEVISION」と題し、USTREAMによる24時間だけの生放送テレビ局が開局された。プロジェクトの制作過程、24時間生放送の様子、また放送終了後に開催された展覧会の記録が収録されている。
AC2 12号(通算13号)
青森公立大学 国際芸術センター青森(ACAC)の定期刊行誌『AC2』の12号。ACACにおける2010年の活動記録のほか、センター開館10周年記念の特集記事が収録されている。
青森公立大学 国際芸術センター青森 アーティスト・イン・レジデンス・プログラム 2010/秋 「吃驚」カタログ
青森公立大学国際芸術センター青森において2010年秋に行なわれたAIR事業「吃驚 BIKKURI」の活動記録集。本事業の招聘アーティストはアンジー・アトマジャヤ、ソン・サンヒ、狩野哲郎、津田道子、山本聖子の計5名。アーティストの滞在中に開催された展覧会の様子が会場の写真と学芸員の解説によって報告されている。
ダブルネガティヴス アーキテクチャー ──塵の眼、塵の建築
ダブルネガティヴス アーキテクチャー(dNA)は、建築家・市川創太を中心に、構造家、デザイナー、メディア・アーティスト、音楽家などから構成され、1998年から活動をつづけています。 彼らの関心はまず、現在、建築を可能にしているさまざまな単位、記号、平面図や立面図・断面図、パースなどのノーテーションそのものに向けられ、「建築家の言語の限界は、建築の限界か?」と問うことからはじまります。昆虫のような複眼がなめらかに連続した「Super Eye」を携え、塵に変態して、目を、耳を、感覚を、認識を変化させてみると、空間や建築はどのような形をとり、どのような可能性を獲得するのでしょうか。リンデンマイヤーシステム、人工生命、セル・オートマトン、スモール・ワールド・ネットワーク、アルゴリズム、データマイニングなどの知見を蓄えつつ実践へと結実していく、複雑かつ実験的なプロセスを約200点の図や写真とともに徹底的に紹介し、もうひとつの空間・建築像を展開する、実験的な一冊です。[INAX出版サイトより]
山本糾展──落下する水 カタログ
青森公立大学国際芸術センター青森において2010年4月24日〜6月13日の会期で開催された「山本糾展─落下する水」のカタログである。近藤由紀(国際芸術センター青森学芸員)による解説文、作品の図版、出品作品リストなどが収録されている。
映画空間 400選
スクリーンに映る建築や都市、場所、風景、そしてそこでの人物の躍動、生きた空間……。映画の空間は19世紀末の映画誕生から、私たちを刺激し、憧れを抱かせ、ある時は考え込ませ、ある時は勇気づけ、楽しませてきました。 本書はこの空間という切り口で、映画史115年を横断しながら作品の紹介・解説をする「映画と空間の基本書」です。1895年から2010年までの400本の映画作品紹介と、空間に関するキーワードをめぐってのコラム、充実の年表と資料編も掲載。執筆陣は、建築家、映画監督、小説家など、映画の作り手や専門家、また各分野の無類の映画好きたち。映画の空間を考えることで、映画の見方や建築・都市・場所・風景の読み方が豊かに広がっていくことを目指した一冊です。[INAX出版サイトより]
述 4号 特集=文学10年代
近畿大学国際人文科学研究所紀要の第4号。特集「文学10年代」には、人文研を中心とした近大の教員・卒業生などにより執筆された論考が掲載されている。また、人文研の初代所長であり、2010年に『世界史の構造』を刊行した柄谷行人のインタビューも収録。
稲門建築会機関誌「WA」2011特別号 早稲田建築
2010年に創設100周年を迎えた早稲田大学創造理工学部建築学科の記念事業の一環として、稲門建築会の沿革がまとめられた冊子である。稲門建築会の元教員・学外会員による建築作品や様々な活動が各時代ごとに紹介されている。
2011/05/16(artscape編集部)