artscapeレビュー

2011年05月15日号のレビュー/プレビュー

原田晋「The Ghost」

会期:2011/04/16~2011/05/07

art & river bank[東京都]

本展のキュレーションを担当した友岡あゆ子が、リーフレットに東日本大震災後にテレビで放映され続けた被災地の映像について書いている。最初の頃は衝撃的な映像に心を痛めていたのだが、次第に見続けることに疲労感を覚えていく。「繰り返し放送されることで、実際に被災していない人が精神的なダメージを受けてしまう」ということも起こってくる。たしかに、日々とめどなくテレビの画面から送り届けられる映像に晒され続けていると、心身が麻痺状態に陥っていくように感じる。それはたしかに、さまざまな刺激を与えてくれるよくできたスペクタクルなのだが、反面あらゆる情報が寸断され、等価値に並べ替えられてしまうということでもある。現実感の喪失や無感動状態、また逆に過剰反応による「精神的なダメージ」が、そこから生じてくるのだ。
原田晋が2002年の初個展「window-scape...face」(Space Kobo & Tomo)以来ずっと試みてきたのは、この垂れ流し状態のテレビの画面を写真で撮影することで「逆操作」しようとする試みだった。動画が静止画像に変換され、さらにコラージュ的に再構成されることで、テレビを見ている時には気がつかなかった、映像そのものの無意識や身体性のようなものが浮かび上がってくる。その「逆操作」の手つきは、個展の開催を積み重ねることで、より洗練されたものになっていった。今回の5台のテレビモニターで作品を上映する「Ghost」では、画面の切り替えの速度をコントロールすることで、むしろ麻痺状態や「精神的ダメージ」を強化してしまうようなインスタレーションが設定されている。ただ、ザッピングされている映像がおおむね美しく穏当なものなので、その試みがまだ中途半端に終わっていることが惜しまれる。映像の強度をもっと上げて、観客に暴力的な揺さぶりを掛けるような仕掛けを、本気でつくってみてはどうだろうか。

2011/04/27(水)(飯沢耕太郎)

中村哲也:炎迅

会期:2011/03/31~2011/05/14

ギャラリー小柳[東京都]

炎迅と書いてエンジンと読む。英語にすると「Engine」ではなく「Flaming Speed」、和訳するとやっぱり「炎迅」しかない。なんとなく火炎をあげて超高速で突っ走るエンジン車を思い浮かべるが、まさにそんな作品。レーシングカーのような流線型の車体(長さ約120センチと小さい)の表面に、火炎のパターンを描いたものが10体ほど白い台座の上に陳列されている。いかにも速そう、いかにも勇ましそうだけど、流体力学的にみればなんの根拠もない単なるカラいばりのハリボテにすぎない。第一エンジンそのものがない。そこがとってもアート。

2011/04/28(木)(村田真)

アンフォルメルとは何か?

会期:2011/04/29~2011/07/06

ブリヂストン美術館[東京都]

第2次大戦後のパリで起こった非具象絵画運動「アンフォルメル」。導入部ではマネ、セザンヌ、モネからピカソ、モンドリアンへと形象が次第に崩れていく過程を示し、フォートリエ、デュビュッフェ、ヴォルスらの「不定形」絵画へと入っていく。ミショー、アルトゥング、スーラージュら忘れかけていた名前と作品に久々に出会った。ポロックの小品もあったが、同時代のアメリカの抽象表現主義と比べて全体に小ぶりで人間臭く、どこか伝統を断ち切れてない印象がある。日本では「アンフォルメル旋風」の吹き荒れた50~60年代の一時期を除いて抽象表現主義のほうが評価が高かったような気がするが、それはフォーマリズムを受け入れたとかそういう話ではなく、単にアメリカの影響力が強まったからにすぎないだろう。だって日本の前衛絵画の大半はアンフォルメルに近いもん。作品は自館のコレクションをはじめ日本中の美術館から集めているが、石橋財団がこれほどアンフォルメル作品を持っていたとは驚きだ。それにしても海外からの出品がすべて(といっても4点だが)キャンセルされたのは残念。とくに原発大国フランスは過敏だ。

2011/04/28(木)(村田真)

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石井孝典「Nio ヤドリの石」

会期:2011/04/13~2011/05/28

TRAUMARIS SPACE[東京都]

NADiff Galleryの上のTRAUMARIS SPACEでは、石井孝典の個展が開催されていた。石井孝典の母方の祖母が暮らしていた香川県三豊郡仁尾町(現三豊市)の古い家を、6×6判のカメラで撮影したシリーズである。
石井孝典は小説家のいしいしんじの実弟であり、この仁尾の家についてはいしいの「小四国」(『熊にみえて熊じゃない』マガジンハウス、2010年所収)というエッセイに以下のように描写されている。
「それは広大な屋敷で、土蔵が二棟建ち、昔綿羊を飼っていたという菜園、日本庭園がふたつあり、昔の田舎屋敷がどこもそうであるように、家のなかでまだ足を踏み入れたことのない部屋が土間の向うや向い屋敷の奥にいくつもあった。昼間は海やすいかや鱚やでそこらじゅう喧しいが、夜は便所までの長い回廊が子ども心におそろしく、半透明に浮きあがるなにかの影を石灯籠や古いガラス面の上に幾度も見たとおもった。綿羊がいた菜園に、母の記憶によると戦前には象がいた」
石井孝典がここ10年ほどかけて、何度も通い詰めて撮影したという土蔵のある「広大な屋敷」の写真群を見ると、まさにこのいしいしんじの記述の通りの眺めで、その中に誘い込まれ、吸い込まれていくように感じた。庭のあちこちに石やら壷やら瓶やらが転がっていって、それらが大地から生え出しているように見えるのが実に興味深い。まさにアニミスムの生気に満たされた空間であり、屋敷そのものが神寂びた生き物のようにうごめき、いまなお不可思議な気配を発しているのだ。この屋敷を横糸に、それにまつわる家族の歴史を縦糸にして、さらに複雑な絵模様の写真シリーズを織り上げていけそうな気もする。

2011/04/28(木)(飯沢耕太郎)

ヘンリー・ダーガー展

会期:2011/04/23~2011/05/15

ラフォーレミュージアム原宿[東京都]

ワタリウム、原美術館とわりとファッショナブルな美術館で4、5年にいちど開かれるダーガー展。今回はラフォーレミュージアムでの開催だ。ダーガーはいまや若者のファッションか。導入部ではまずダーガーの生い立ちやエピソードなどがパネルで紹介されている。家族も友人もなく、人知れず半世紀にわたり破天荒な超長編絵物語《非現実の王国で》を書き続け、孤独のうちに死んだという事実を刷り込まれたうえで作品を見てもらおうという仕掛け。展示は順路もなく、仮設壁が迷路のように入り組んでいて、この希代の絵物語の紹介にはふさわしい。もっともこれらの絵の大半は大きな横長の紙の表裏に描かれているので、両側から見るには仮設壁を多用するしかないという事情もあるが。いずれにせよ展示されてる絵より、その絵を描いた(描かざるをえなかった)ヘンリー・ダーガーその人とその行為が圧倒的な重みをもつ。

2011/04/29(金)(村田真)

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