2019年07月01日号
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artscapeレビュー

2011年05月15日号のレビュー/プレビュー

小林孝一郎 展「白とよこは、縦」

会期:2011/04/01~2011/04/21

竜宮美術旅館[神奈川県]

久々にわくわくする新人の個展に出会った。アフロアメリカンのポートレートを白い絵具で描いたり、凹凸のある白い壁に凹凸のある白い絵を掛けたり、ウミガメ(剥製)の甲羅にウミガメの甲羅模様を描いたり、チャブ台にチャブ台の表面の大理石(?)模様を描いて壁に掛けたりと、同義反復的なことをやっている。ウミガメを使うのは会場が「竜宮」だからというだけでなく、かつてカメの甲羅は吉凶を読みとるための視覚メディアでもあったからだろう。また、チャブ台は英語でテーブルだが、テーブルの語源は「タブロー」と同じなので、この作品はタブローの上にタブローを描いた「純粋タブロー」といえなくもない。フォーマリズムの盲点を突くような作品。でも売るのは難しそう。

2011/04/02(土)(村田真)

湯沢英治『BAROCCO 骨の造形美』

発行所:新潮社

発行日:2011年2月25日

『BONES 動物の骨格と機能美』(早川書房、2008)に続く湯沢英治の2冊目の写真集である。前作と同様に黒バックで動物、鳥類、魚類などの骨を克明に撮影しているのだが、印象はだいぶ違う。骨のシンメトリックな構造や「機能美」を中心に撮影していた前作と比較すると、この写真集では「われわれ人間には思いもよらない、歪んだ曲線の組み合わせ」が強調されている。そこにはたしかに「不規則・風変わり・不均等」を特徴とするバロック的な美意識に通じるものがありそうだ。実際に、おそらく非常に小さなものと想像される骨の断片が、われわれの常識をくつがえす液体的とでもいえそうな流動的、有機的なフォルムを備えている様が、湯沢の丁寧な撮影によって浮かび上がってきていた。
骨というテーマに新たな一石を投じるいい仕事だが、これをもう一歩先に進めたらどうなるのかとも思う。写真集全体の造りは、あくまでも学術的な研究をベースにしており、生物学的な「正しい骨の配置」の規範を踏み越えることはない。さらに「BAROCCO」的な要素を強めて、複数の骨を組み合わせてオブジェ化し、ありえない生物の骨格をつくり出すようなところまでいけないのかとつい夢想してしまうのだ。以前、湯沢に話を聞いたところ、彼のなかにもアートと生物学との境界線を引き直すことへの葛藤があるようだ。僕はもっと思い切って、アート寄りの作品に向かってもいいのではないかと思うのだが。

2011/04/02(土)(飯沢耕太郎)

浅見貴子 展──光合成

会期:2011/03/18~2011/04/10

アートフロントギャラリー[東京都]

雲肌麻紙に描いた水墨画。画面いっぱいにサイズも濃淡も異なる点々がうがたれ、その間を枝のように細い線が走っている。一見植物のように見えるが、表現主義的な抽象と見てもいい。これって、今年初めの「『日本画』の前衛」展にも出ていた船田玉樹の絵に似ているなあ。そういえば船田もアートフロントのバックアップで再評価された画家だし。でも似ているのは表面だけで、文字どおり裏面が決定的に異なっている。雲肌麻紙に表裏があるのかどうか知らないけれど、浅見は紙の裏側に描き、墨が染み出た表を見せるというのだ。つまり描いてるときは完成作とは左右逆になってるわけ。時間軸でいうと、ふつうの絵とは逆に、初めに描いた部分が画面の手前に見え、後で塗り重ねた部分は背後に隠れることになる。とくに油絵だと絵具を徐々に塗り重ねて完成させていくので、表に現われるのは最後の筆跡ということになり、このように表裏逆転した絵というのは想像がつかない。大げさにいうと、過去の光ほど遠ざかって見える相対性理論を思い出させる。あ、ここでは過去の筆跡ほど手前に見えるから逆だ。ともあれなにか創造の原点に触れるような試み。

2011/04/04(月)(村田真)

高桑常寿「唄者の肖像」

会期:2011/03/31~2011/05/16

キヤノンギャラリーS[東京都]

「唄者(うたしゃ)」とは沖縄、八重山、宮古の島々で「三線を引きながら唄い踊る芸能者」たちのこと。高桑常寿は1998年から彼らのポートレートを4×5インチの大判カメラで撮影してきた。今回のキヤノンギャラリーSでの個展では、登川誠仁、大城美佐子、照屋林助(2005年逝去)らの長老格から、若手のミュージシャンまで110余名を撮影したなかから、60点の作品がB0サイズに大きく引き伸ばされて展示されていた。
沖縄人は顔、とりわけ眼から発するパワーが強いように思う。その「眼力」をがっしりと受けとめ、正面から投げ返す力業のポートレートが並ぶ。4×5判カメラの克明な描写力は、彼らの姿かたちだけでなく、体全体から放射されるエネルギーを捉えるためにこそ必要だったということだろう。室内よりも、屋外で「太陽の力を借りて」撮影されたポートレートの方に、その生命力の波動がいきいきと刻みつけられているように感じた。こういう展覧会を見ると、ここ数年のデジタル・プリンターの進化に驚いてしまう。4×5インチカメラの大容量のデータをプリントとして定着する技術は、アナログのプリントに匹敵するか、それを超えるところまで達したのではないかと思う。逆に、写真家も言い訳がきかなくなってきているわけで、デジタル・プリントのコントロールは大きな課題になるだろう。
展覧会にあわせて、同名の写真集も東京キララ社(発売:河出書房新社)から刊行された。写真の枚数が2倍近くに増え、「人生を唄と踊りに捧げた」芸能者たちの栄光と哀感が、より細やかに伝わってくる。

2011/04/04(月)(飯沢耕太郎)

「20世紀日本建築・美術の名品はどこにある?」第19回アート・スタディーズ

会期:2011/04/04

INAX:GINZA 8階セミナールーム[東京都]

アート・スタディーズとは、彦坂尚嘉の声がけにより、2004年にスタートし、建築と美術の20世紀を振り返るべく、5年ごとに区切り、全20回が企画された連続シンポジウムである。本当に完結するのかと思われていたが、いよいよ第19回を迎え、ついに8年目に突入した。とりあげる時代は、1975年~1984年。美術は「前衛の終焉から保守への回帰」、建築は「都市住宅の時代」をテーマとし、編集者の植田実と安藤忠雄事務所出身の建築家、新堀学が住吉の長屋について語る。植田は、当時の建築家の住宅作品が理念的かつ自閉的になったことを指摘し、新堀はヴォイドのデザインの系譜から位置づけた。筆者は、住吉の長屋を見学した経験をもつが、想像以上に小さい空間であり、理念的な幾何学形態ながら、身体に親密なスケール感をもっていることに驚かされた。

2011/04/04(月)(五十嵐太郎)

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