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塩川コレクション──魅惑の北欧アール・ヌーヴォー「ロイヤル・コペンハーゲン ビング・オー・グレンタール」

2012年05月01日号

会期:2012/04/07~2012/05/20

松濤美術館[東京都]

塩川博義氏(日本大学教授・陶磁器コレクター)のコレクションを中心に、デンマークのふたつの名窯ロイヤル・コペンハーゲンとビング・オー・グレンタールにおけるアール・ヌーボー磁器の展開を探る展覧会である。
 地階会場では釉下彩(絵付け後に透明釉をかける下絵付けの技法)作品により、両窯の技術の発展と様式の確立とを跡づける。1775年に設立されたロイヤル・コペンハーゲンは、1868年に民間企業となり、1882年に陶器を製造していたアルミニア(1863年設立)に買収されたことで、近代化がはじまった。1885年、経営者フィリップ・ショウ(1818-1912)は、建築家・画家であったアーノルド・クロー(1856-1931)を工場のディレクターに任命。クローの下で、技術としては釉下彩、装飾としてはアール・ヌーボー様式を展開した。昆虫や爬虫類、魚類のモチーフは、アール・ヌーボー様式に共通したものであるが、淡い色彩とグラデーションによる絵付と優美で滑らかな器形は、フランスのアール・ヌーボーとはまた異なった独特の美を生み出している。他方、ビング・オー・グレンタールは、1853年にロイヤル・コペンハーゲンの彫刻師F・グレンダールと、商人であったビング兄弟によって設立された。絵画的表現を特徴とするロイヤル・コペンハーゲンに対して、ビング・オー・グレンタールの製品は彫刻的要素が強く、前者に対する製品差別化としてセンターピースやフィギュアなど立体的な作品が多く作られたという★1
 2階会場では、とくに日本磁器に与えた影響の指摘が興味深い。アール・ヌーボー様式の形成には海外に渡った日本美術の影響がある。ロイヤル・コペンハーゲンもジャポニスムの発信地であったパリのビング商会から日本の浮世絵や工芸品を購入していたという。そうした影響の下につくられた釉下彩の作品は、1889年と1900年のパリ万国博覧会でグランプリを獲得した。これらの博覧会でヨーロッパの陶磁器に触れた日本の関係者は、自国の陶磁器に革新が必要であることを訴える。その結果、日本でも釉下彩という技法が探求されたが、そればかりではなくモチーフの模倣も行なわれたのである。ヨーロッパにとって装飾の源泉であった日本において、ヨーロッパ人が創り出した「ジャポニスム様式」の磁器がつくられ、海外に輸出されていたのはなんとも奇妙なことである。
 両窯ともに「ユニカ」(=ユニーク)と呼ばれる一点ものの作品もあるが、多くは量産品であった。そもそも釉下彩は上絵付けよりも焼成回数が少なくて済むため、生産コストを削減する技術でもある。ロイヤル・コペンハーゲンの経営者フィリップ・ショウは技術者であり、機械を導入するなど工場の近代化に努めた。高火度に耐える釉薬を開発したのは化学者アドルフ・クレメントであった。また、ショウはアーノルド・クローをはじめとする多くのアーティストを迎えた。いまだ近代デザインの揺籃期であった19世紀末に、彼らが科学、技術、芸術を融合し、質の高い優れた作品を市場に送り出していたという事実には驚きを禁じ得ない。
 本展はこのあと京都・細見美術館に巡回する(2012年7月14日~9月30日)。[新川徳彦]

★1──ビング・オー・グレンタールは1987年にロイヤル・コペンハーゲンに買収された。

2012/04/20(金)(SYNK)

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