artscapeレビュー
林忠彦 写真展 紫煙と文士たち
2012年04月15日号
会期:2012/01/21~2012/03/18
たばこと塩の博物館[東京都]
林忠彦が『小説新潮』に1948年1月号から連載した「文士シリーズ」は、これまで何度も写真展に出品され、写真集として刊行されてきた。坂口安吾、太宰治、織田作之助、檀一雄ら、いわゆる「無頼派」の作家たちのイメージは、このシリーズによって決定されたといってもよい。だが、眼に馴染んだそれらの写真も、あらためて別なくくりで見てみると面白い発見がある。今回の「林忠彦 写真展 紫煙と文士たち」展は、その意味でとても気が利いた企画といえるのではないだろうか。
たしかに1970年代くらいまでの作家のポートレートといえば、くわえ煙草が定番だった。紫煙を燻らせながら沈思黙考し、原稿用紙に向う姿には、「文士」という古風な言い方がぴったりくる。80年代以降になると、「嫌煙」「禁煙」の声が高まり、煙草を吸っている姿を雑誌などの誌面で発現するのは難しくなってくる。先日、ある写真家と話をしていて、煙草を吸っている姿を撮影しようとしたら、同行した編集者からストップがかかり、その作家が激怒したという話を聞いた。そんなことがいろいろな場所で起こっているのではないだろうか。僕自身は煙草を吸わないので、「禁煙」が定着するのはいっこうに構わない。だがこの写真展を見ていると、小道具としての煙草の重要性にあらためて気づかされる。いかにもという雰囲気を醸し出すだけでなく、紫煙がその場の光を和らげるのに効果的に働くことが多いのだ。「作家と煙草」というテーマは、今後も取りあげられていくべきだと思う。
個人的な好みで、出品作から煙草が似合う作家のベスト3を挙げてみることにしよう。3位井伏鱒二、2位三好徹、そして1位は高見順。眉根に皺を寄せて、煙草の灰を灰皿に落とす様が見事に決まっている。
2012/03/13(火)(飯沢耕太郎)