artscapeレビュー

松江泰治「世界・表層・時間」

2012年09月15日号

会期:2012/08/05~2012/11/25

IZU PHOTO MUSEUM[静岡県]

松江泰治が静岡県各地を空撮した「JP-22」(2005)で、初めてカラー作品を発表したときにはかなり驚いた。松江といえば、緻密なモノクローム作品というイメージが強かったからだ。さらに2007年、作品の一部に写り込んでいる人物を極端なクローズアップで浮かび上がらせた「cell」シリーズを発表したときにもびっくりした。そういうトリッキーな仕掛けをこらした作品を出してくる作家とは思っていなかったからだ。だが、それ以後の彼の仕事を見ていると、ひとつのコンセプトを厳密に追い求めるというよりも、制作のプロセスを愉しみつつ、写真表現のさまざまな可能性にチャレンジしていくというのが、彼の本来の資質なのではないかと思い始めた。
その姿勢は、今回のIZU PHOTO MUSEUMでの個展でも見事に貫かれていた。特に目立つのは、写真作品と映像作品とを組み合わせていくインスタレーションである。映像作品はすでに2010年のTARO NASUでの個展「Survey of Time」で見ることができたのだが、今回は質的にも量的にもより大きな位置を占めるようになってきている。つまり、従来の「世界」の「表層」を引き剥がすように収集していく静止画像に「時間」の要素が加わることで、より偶発性の強い、実に味わい深い作品に仕上がっているのだ。映像作品のなかをかなり速いスピードで走り過ぎていく自動車(「DXB 112294」)、ガラス窓をつたう雨滴(「MAN 12840」他3点)、不意に画面を横切る子どもたち(「JUTLAND 112361」)などからは、松江の世界を新たな角度から見つめ、驚きに溢れるイメージを発見することの歓びがストレートに伝わってくる。
静止画像の写真作品でも、これまでのような距離を置いた俯瞰的な構図だけではなく、より融通無碍に世界を見渡す姿勢が強まっていることに注目すべきだろう。展示の最初に掲げられていた「MCT 17451」は、貝殻や小石がちらばった海辺の地表をかなり近距離から撮影したものだし、『NORWAY 18243』「同18148」「同18149」には、フィヨルドに停泊する大きな客船が横向きに写っている。松江の作品世界はたしかに拡大しているが、それが散漫な拡張であるようには見えない。むしろ「地名の収集家」としてのテンションと集中力は、より高まっているのではないだろうか。
なお、東京・馬喰町のギャラリー、TARO NASUでは、カラー写真で青森県と秋田県を空撮した「jp0205」シリーズが展示された(8月31日~9月21日)。ここでも風景を観察し、切りとって提示することの歓びが、軽やかに発揮されている。

2012/08/11(土)(飯沢耕太郎)

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