artscapeレビュー

秦雅則「人間にはつかえない言葉」

2012年09月15日号

会期:2012/08/08~2012/09/02

artdish[東京都]

秦雅則の新作はやや意外なことに風景写真だった。彼はこれまで自分や身近な人たちのポートレート(ヌードを含む)や、雑誌のグラビアページなどの性的なイメージの再構成を中心に作品を発表してきた。ところが、今回の「人間にはつかえない言葉」では、被写体が彼の周囲の親密な空間から離脱して外部化している。これまでの作品世界を壊しかねない領域へと、思い切って踏み出しつつあると言えるのではないだろうか。
もっとも、「瞬間の定着を信仰せず、流動をそのまま写真にすることを選択」するという態度はそのまま引き継がれており、11×11インチのスクエアサイズに引き伸ばされた12点の風景写真(他に22×22インチの作品が3点ある)に写っている被写体には、固定した物質性はあまり感じられない。画像の一部に黒々と腐食したような空白が顔を覗かせているのが、その印象をより強めているとも言えるだろう。もうひとつ気になるのは、3本の蝋燭、屹立する棒杭、ピラミッド形のシルエット、不吉なたたずまいの水鳥など、どことなく宗教的な儀式性を感じさせる物が被写体に選ばれているということだ。これはむろん意識的に選択されているわけで、写真を「現在から未来への挽歌」として捉えていこうという秦の意志が、はっきりと表明されていると言えそうだ。
この「人間にはつかえない言葉」というタイトルは、「使えない」と「仕えない」のダブルミーニングになっており、「鏡と心中」というより大きなくくりの連作の一部となるのだという。こういったネーミングを見ても、秦は言葉を詩的言語として使いこなす才能にも恵まれている。それは展覧会と同時期に刊行された写真集『鏡と心中』(artdish g)におさめられた「記憶と記録」という夢日記風の文章を読んでもよくわかる。写真とテキストとの関係のあり方も、今後さらに研ぎ澄ましていくべきではないだろうか。

2012/08/14(火)(飯沢耕太郎)

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