artscapeレビュー
荒木経惟「センチメンタルな空」
2012年09月15日号
会期:2012/08/24~2012/10/07
RAT HOLE GALLERY[東京都]
荒木経惟の写真展はまずその量で圧倒するものが多いが、今回もその例に洩れない。といっても、展示そのものはいたってシンプルで、会場の壁にスライドが淡々と上映されているだけだ。写っているのは、荒木が1982~2011年に暮らしていた東京・豪徳寺のマンションのバルコニーから眺めた空である。彼が30年近く見続けていた風景が、取り壊しのために失われてしまったわけで、先頃河出書房新社から出版された写真集『愛のバルコニー』の姉妹編と言えるだろう。驚くべきことはその上映点数で、約3,000枚、上映時間は3~4時間になるのだという。
オープニングのややざわついた会場で、それらを全部見ることはできなかったのだが、さわりだけでもその凄みは充分に伝わってきた。といっても、決して威圧的な作品ではなく、むしろ見ているうちに心が鎮まり、安らいでくるのを感じる。空、空、空のオンパレード。だが千変万化するその表情は見飽きるということがない。いつもの「アラキネマ」と違って、今回の上映には一切音楽や効果音がついていないのだが、そのこともよかったのではないかと思う。空の青い色が少しずつ体の奥の方に沈殿し、気持ちの全体が静かに染め上げられていくような気がした。
荒木が空を撮り始めたきっかけは、1990年の最愛の妻、陽子さんの死去だった。彼女への万感の思いを込めて、自宅のバルコニーから見える空に向けてシャッターを切り続けたのだ。死から生へ、そして再び死へと、ごく自然に思いが巡っていく。そのうちいつのまにかうとうととして、ふっと目を覚ますとスクリーンにはまだ空が写っている。その夢と現実の境目のような眺めがとてもよかった。
2012/08/24(金)(飯沢耕太郎)