artscapeレビュー

おおかみこどもの雨と雪

2012年09月15日号

会期:2012/07/21

細田守監督の『おおかみこどもの雨と雪』は、過去作を違う方法で乗りこえる、見事な傑作に仕上がっていた。アニメが不得意なささいな日常や農業を扱うと同時に、アニメがもっとも得意とする非現実的なファンタジーと飛び跳ねるような躍動感の両方を見事に接合している。今年の夏は多くの良作が集中したが、おそらくこの映画が登場したことで記憶に残るだろう。また人物の造形はハリウッド的な3D、CG、あるいは写実には向かわない貞本義行による日本的なアニメ絵のキャラで感情移入させる一方、背景は登場人物の名前でもある「花」「雨」「雪」のほか、水、光、風、反射など、きわめて精緻に自然を描くことで、この世界の実在を確かなものにしている。本や小物など、絵で語らせるディテールの描写も秀逸だ。モノつくりはかくあるべきという作品だろう。人目を隠れて暮らす物語の前半は、バンパイアやゾンビの映画でもしばしば重ね合わされる、マイノリティ=他者としての狼人間の設定と言えるだろう。しかし、田舎に引っ越してからの後半はむしろ何者になるかわからない、こどもの成長を通じて、その普遍的な問題がわれわれと同じであることが強調される。つまり、『おおかみこどもの雨と雪』は狼あるいは人になるかという特殊な設定を装いながら、現実社会の寓意になっているのだ。われわれは誰もがかつて「おおかみこども」だったのである。日本のアニメを牽引するポスト宮崎は、ジブリから出ることはなく、細田守になったのではないか。

2012/08/01(水)(五十嵐太郎)

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