artscapeレビュー

「思い通りに消せない記憶」/「イン・マイ・マザーズ・フットステップス」*

2009年05月15日号

会期:2009/04/11~2009/05/17

トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]

「遠くて身近な歴史──1968年そしてホロコースト」とサブタイトルがついた、東京でのアーティスト・イン・レジデンスの成果の発表展。アメリカのマッカラムとタリーは、「1968年」という特別な年にスポットを当てている。いうまでもなく、世界的に革命の気分が盛り上がり、スチューデント・パワーがピークに達した年であった。彼らが東京で制作した作品は、街頭デモや三億円事件などの報道写真を元にして絵を描き、その上にシルクスクリーンにプリントされた写真をややずらして重ねている。その「ズレ」がとても効果的で、3D画像のようにぼんやりと浮かび上がってくるイメージが、事件が記憶のなかで風化し、幻想と現実の間に宙吊りになった雰囲気を見事に表現していた。ほかにアメリカの黒人公民権運動をテーマに、趣味よくまとめた映像作品もあった。
イギリスとイスラエルの国籍を持ち、ドイツで活動するユダヤ人のガバルシュは、母親、サラの第二次世界大戦中の記憶を辿る写真作品を出品していた。ドイツ生まれのサラはオランダに逃れるが、特別警察に逮捕され、強制収容所に送られる。ガバルシュはその足跡を追って、ベルリン、オランダ、ポーランド、チェコを徒歩旅行し、そこで出会った風景をカメラにおさめた。それが今回出品された「イン・マイ・マザーズ・フットステップス」のシリーズである。
展示室は照明が落とされ、順番に1枚か2枚ずつ灯りがついて写真とテキストを照らし出すようになっている。その間隔がかなり長いので、全部の作品を見終えるには時間がかかる。せいぜい数10分なのだが、正直いらいらしてくる。つまり、母親が味わった否応なしの強制力の片鱗を、観客も味わうように仕掛けられているのだ。その意図はよく理解できるのだが、やはり後味が悪いことに変わりはない。ホロコーストのような重いテーマを扱うときに、このような「強制収容所」的な展示は諸刃の剣なのではないだろうか。「特別な体験なのだから、あなたも我慢しなさい」と言わんばかりの態度は傲慢としかいいようがない。押しつけではない「悲惨さ」の伝え方がありそうな気がする。

*ブラッドレー・マッカラム&ジャクリーヌ・タリー「思い通りに消せない記憶」/イシャイ・ガルバシュ「イン・マイ・マザーズ・フットステップス」

2009/04/15(水)(飯沢耕太郎)

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