artscapeレビュー

『レム・コールハース:ア・カインド・オブ・アーキテクト』(DVD)

2009年05月15日号

発行所:アップリンク

発行日:2009年1月9日

レム・コールハースはつねに両義性のなかを生きている。母方の祖父ディルク・ローゼンブルフは建築家、父アントン・コールハースはライター。レム・コールハースは建築家にしてライターである。幼少期をアジアで育ち、物心ついてからヨーロッパに移る。設計事務所であるOMAに加えてシンクタンクであるAMOを組織し、建築を編集的な手法で、建築以外のものを建築的な手法で、作品とする。
このDVDは建築家コールハースを追ったドキュメント映画であるが、副題がそうであるように(一種の建築家)、そこから浮かび上がるのは建築という領域をはるかに越えた思考を展開する、コールハースという巨人である。圧倒的な映像の情報量。そもそも作品数も多いし、一つの作品のために生み出される膨大なダイアグラムやスタディ模型、リサーチの量が膨大なのだけど、そこに例えばミン・テシュによるアニメーションなど、独自の映像も加わっている。またセシル・バルモンド、リチャード・マイヤー、ディルク・ベッカー、オーレ・スケーレンらが、多面的にコールハースを語る映像も貴重だ。
特に、建築をはじめる前のコールハースについて、知らない情報が多かった。祖父が建築家であったこと、14歳ですでに建築家を目指していたこと、ル・コルビュジエにインタビューした時の記事のディテール(唇の動き方まで表現している)、そして1966年のシチュアシオニストのコンスタント・ニーヴェンホイスへのインタビューが、ジャーナリストから建築家に転身するきっかけとなったことなど。はじめてコールハースを知る人にとってもとっつきやすいフィルムであると同時に、はじめて公開されるようなマニアックな情報も詰め込まれており、今後コールハースのレファレンスとして、必携になることは間違いないだろう。
ところで、個人的に最も面白かったのは特典映像の方だった。これだけで一枚のDVDになっていて、絶対に見る価値がある。まず「ディルク・ベッカーとの対話」。ベッカーはニコラス・ルーマンのもとで博士号を取った優秀な社会学者らしいのだが、《ボルドーの家》も知らない、ベルリンについての考察も知らないということだから、かなり甘く見て、あまりコールハースのことを知らずにインタビューにのぞんだようだ。いくつか失礼ではないだろうかという質問もするベッカーに対し、コールハースは終始、謙虚に真摯に答える。さまざまに問いつめるベッカーに対し、コールハースはむしろインタビューする側に回り、相手の考え方を聞いた上で「その考え方を建築に当てはめてみると?」と逆質問するなど、切り返しが絶妙にうまい。コールハースはインタビューをする名手であるけれども、インタビューを受ける名手でもあることが分かる映像。もう一つ、「アスター・プレイス・プロジェクト」の映像も貴重だ。ヘルツォーク&ド・ムーロンと協働した唯一のプロジェクト。OMAのなかでコールハースが次々と指示を出していく映像や、クライアントとの接し方のヘルツォークとの差異など、「現場」のコールハースを見ることが出来るのは興味深い。本編の冒頭にあったように、「コールハースが建てるどの建物よりも、彼自身が面白い」。

2009/04/27(月)(松田達)

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