artscapeレビュー
2009年05月15日号のレビュー/プレビュー
インシデンタル・アフェアーズ──うつろいゆく日常性の美学
会期:2009/03/07~2009/05/10
サントリーミュージアム[天保山][大阪府]
日常のものごとの変化や偶発性をうつろいゆく美としてとらえる、という切り口で国内外17組のアーティストを紹介。会場ではじめに展示されていたのはヴォルフガング・ティルマンスの写真。小学生くらいの子どもと母親がどうやってつくったのかと話しながら熱心に見ている光景を目にして、今展のイントロダクションとしても成功していると思った。スナップ写真のイメージや曖昧な形態に、個人的な経験や記憶も重なり連想が広がる木村友紀のインスタレーション作品は、今展が狙いとしている美術の魅力や楽しさが集約されている。他の展示も映像、絵画、立体など、多岐にわたる内容でじっくりと見たい作品ばかりだ。毎日1時間おきに開催されるという10分間の「展覧会見どころトーク」にも参加してみた。時間も短いが、それでいて作品の解釈や理解に役立つポイントを押さえていてこのガイドもなかなか良かった! 間口は広いが質、量ともに十分満足できる内容だった。
2009/03/29(日)(酒井千穂)
安斎重男作品展「Unforgettable Moments」
会期:2009/03/24~2009/04/25
ツァイト・フォト・サロン[東京都]
今年古希を迎えた安斎重男は、1960年代からアーティストたちの仕事の現場に寄り添いつつ、彼らのポートレートを撮影し続けてきた。その作家活動40年を記念して開催されたのが今回の展示。イサム・ノグチ、ヨーゼフ・ボイス、瀧口修造、大野一雄など、既に故人になったアーティストも含めて、錚々たる顔ぶれのポートレートが並ぶ。安斎の撮影手法はスナップショットに徹しているので、写真を見る者はアーティストたちがいる空間に直接招き入れられているような、とても親しみやすい雰囲気を感じるだろう。あまり自分の主観を押しつけることなく、あくまでも傍観者として撮影している点も気持ちがよい。
もう一つ、彼の写真の魅力を高めているのは、印画紙の画面の余白に書き込まれたキャプションだろう。アーティストの名前や、撮影年だけでなく、たとえば愛蔵の西洋人形を「いとおしむ様にポーズする瀧口修造。特別なストーリーがあるのだろうとそっとシャッターを切る」という具合に、さりげなく被写体とのかかわりやサイド・ストーリーを記しているのだ。内容もさることながら、手書きの字の配列が実に巧みで、画像と響き合っているのが目に快い。そのあたりにも、長年鍛え上げられた「藝」の力があらわれているといえるのではないだろうか。
2009/04/01(水)(飯沢耕太郎)
本城直季「ここからはじまるまち Scripted Las Vegas」
会期:2009/03/04~2009/04/12
epSITE(エプサイト) ギャラリー1[東京都]
2007年に本城直季が第32回木村伊兵衛写真賞を受賞した時には、4×5判カメラの「アオリ」を使ったピントの操作だけでこの先持つのだろうかとやや心配だった。典型的な「一発芸」かとも思っていたのだが、その心配は杞憂だったようだ。広告写真の分野でのその後の活躍は予想以上だし、今回の「ここからはじまるまち Scripted Las Vegas」でも、空撮に果敢に挑戦して新境地を開いている。
それにしてもラスベガスとはうまい被写体を選んだものだ。本城自身も展覧会の解説で書いているように、「都市はどのように構成されているのか?」という疑問に答えるのに、ラスベガスは最適の街である。この砂漠の中の人工都市では「中心地、商業地、住宅地、郊外、道路、工場、エネルギー施設など都市を形づくる構成要素がとてもシンプルに露出している」からだ。1936年に巨大なフーバーダムができたことで、ラスベガスはある種の実験都市として発展していく。ホテルと遊園地が合体した建物に代表される、その虚構性、人工性、遊戯性を浮かび上がらせるのに、本城お得意の風景をミニチュア化する「アオリ」の手法はまさにぴったりなのだ。
展示されている写真の中に「The MIRAGE」というホテルが写っているのを発見したときには、思わずニヤリとしてしまった。本城も「これだ」と思ったのではないだろうか。「MIRAGE=蜃気楼」。ラスベガスの本質が、この名前によって見事に表象されている。
2009/04/01(水)(飯沢耕太郎)
林田摂子「箱庭の季節」
会期:2009/03/30~2009/04/16
ガーディアン・ガーデン[東京都]
1976年生まれの林田摂子は、2006年の第27回「写真ひとつぼ展」に「森をさがす」という作品を出品した。僕はこの時の審査員だったので、彼女がグランプリ受賞を逃したのがとても残念だった。たしか5人の審査員の票が2対3に分かれて、惜しくも受賞できなかったと記憶している。
だから今回、グランプリ受賞者以外の作家に展示の機会を与える「The Second Stage」という枠で彼女の個展が実現したのは本当によかったと思う。今回発表したのは、長崎の母方の実家を撮影した「箱庭の季節」というシリーズ。実家はお寺で、祖母と伯父、伯母、その子どもたちの姿が、彼らを取り巻く環境ごとゆったりと写し出されている。いわゆる「里帰り写真」の系譜にあるもので、テーマにとり立てて新鮮みはないが、目のつけどころがしっかりしていて、自分のリズムに見る者を誘い込んでいく写真の並べ方がうまい。小説でいえば、「文体」がきちんと整っていて、安心して文章の流れに身をまかせていられるのだ。淡々とした日常の場面に、ふとエアポケットのようなほの暗い裂け目を感じるが、その入れ込み方に才能の閃きを感じる。もっと「成長」が期待できそう。大切に守り育てていってほしいシリーズである。
それにしても「森をさがす」はいい作品だった。こちらはフィンランドを舞台に、「底の底の一番大切なものは静かにあり続ける」(本展のチラシに寄せた林田のコメント)という言葉がぴったりの、さらに奥深い、一度見たら忘れがたいシリーズである。写真集にまとめられるといいと思うのだが、どこかに奇特な出版社はないものだろうか。
2009/04/02(木)(飯沢耕太郎)
栗原亜也子個展「フィクション/エラー」
会期:2009/03/27~2009/04/17
ギャラリーマキ[東京都]
昔、オリンパスペンSっていうハーフサイズのカメラがあった。1コマを縦に2分して2倍の量が撮れるという、いかにも日本人らしい発想のカメラだ。そのオリンパスペンで撮った1コマ2点の画像なのだが、巻き上げが足りなくてダブってしまったエラー写真や、隣り合う画像がたまたま連続したりした偶然写真を拡大して見せている。そんなもんで作品になるのかとも思うが、肩ひじ張らずにつくってるところがうらやましくもある。
2009/04/02(木)(村田真)