artscapeレビュー
『ジャン・ヌーヴェル』
2009年05月15日号
発行所:アップリンク
発行日:2009年5月8日
ジャン・ヌーヴェルとその建築に関するドキュメント映像。ヌーヴェルの建築ほど映像が似合う建築はなかなかないだろう。写真で見る建築よりも、また直接見るよりも、映像で見るヌーヴェル建築こそが、彼らしさを感じさせるといえる。《ルツェルン文化会議センター》《カルティエ財団》《ギャラリー・ラファイエット》《アラブ世界研究所》《リヨンのオペラ座》など、特に90年代の代表作などを中心に、ヌーヴェル建築が彼自身の語りとともにまとめられている。映像の冒頭に現われるように、サブタイトルは「奇跡の美学」。そう、ヌーヴェルの建築には奇跡が内在している。光の奇跡、構造の奇跡、アイディアの奇跡。それらの「奇跡」が、ヌーヴェルの建築では現実に混じり込んでいつのまにか現われていることを、この美しい映像を通して見ることが出来る。何より、ヌーヴェルが哲学的ともいえる言葉で自作を語っている様子は、見応えがあるだろう。
ところで本DVDのなかには、代表作のほか、わりと知られていない初期の《アンネ・フランク高校》やAJN(アトリエ・ジャン・ヌーヴェル)内部の映像なども含まれている。《アンネ・フランク高校》(1980)は、《アラブ世界研究所》(1987)のさらに7年前の作品である。他の作品ほど目立たないかもしれないが、個人的にはこの二作品に、ファサードの連続性と進化を見たように思った。つまり映像的なスクリーンとして建築から離脱する直前のファサードである。非物質的あるいは映像的に至る以前のヌーヴェル作品により、他の作品の特徴が際立っているともいえる。またAJN内部でのヌーヴェルの立ち振る舞いの様子が見られる映像というのは、ほかに知らない。
このフィルムを撮ったベアト・クエルトは、エレクトロニック・アーティストであるという。短編の実験映像を撮り、自ら音楽を作り、また写真も撮っている。いわゆる映画監督ではない。しかし20代の頃からドキュメンタリーを撮りはじめ、1996年以降、建築家のテレビ・ドキュメンタリーを撮っている。ドキュメンタリーの映像自体は特に実験的ではないが、実験的建築の映像的可能性を引き出すような映像ではないかと思った。他にも多くの建築家や建築の映像を撮っているそうなので、ぜひ彼の撮ったほかの建築家のフィルムを見てみたいと思う。
2009/04/30(木)(松田達)