artscapeレビュー
2014年02月01日号のレビュー/プレビュー
定窯・優雅なる白の世界──窯址発掘成果展
会期:2013/11/23~2014/03/23
大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]
河北省保定市曲陽県に位置する、定窯の窯址の出土品66点を日本で初めて紹介する展覧会。定窯とは、中国・宋代(960-1279)の白磁窯のことで、宋代五大名窯のひとつであるという。名窯のひとつと言われながらも、定窯の窯址は廃止後、長い間謎のままだったが、1934年に中国のある陶磁研究者によってようやくその全貌が明らかになった。また1941年に行なわれた、日本の陶磁研究者・小山富士夫(1900-1975)による現地調査もよく知られている。以後、北京大学考古文博学院などによる本格的な共同発掘が実施、白磁の破片などが発見され、中国陶磁史上の重大発見のひとつとして注目を集めた。むろん時代や地域が異なるので直接比較するには無理があるが、定窯には中国・明時代や、日本や朝鮮の白磁とはまた違う、優雅で洗練された美しさがあり、素人のわたしには白磁というより青磁を見ているような不思議な気がした。[金相美]
2014/01/15(水)(SYNK)
世界のブックデザイン2012-13
会期:2013/11/30~2014/03/02
印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]
世界8カ国で開催されているブックデザインのコンクール、および「世界で最も美しい本コンクール(Best Book Design from all over the World 2013)」の入賞作品約200点を展示する展覧会。毎年恒例の展覧会であるが、この企画が優れているのは、ケースの中に展示されている本を眺めるのではなく、すべての本を実際に手に取って読むことができる点にある。各国のコンクール別に設けられた低い展示台の前には丸椅子が用意されており、それぞれの本の造作、手触り、内容を、図書館で本を読むように腰を落ち着けて鑑賞することができる。3カ月余の展示期間に人々の手に触れられたことで痛んでしまう本もあるが、それ自体も造本に対する評価の視点となりうるというのが本展の企画を担当する寺本美奈子・印刷博物館学芸員の話である。そういう意味では会期末にもう一度展示を見に行くべきかも知れない。ただし、入賞作品には不特定多数の鑑賞を想定していない書籍もあるので難しいところである。
優れたブックデザインとはどのようなものなのか。その基準は各国のコンクールによって異なっており、またその年の審査員によっても評価の重点は変わる可能性がある。日本の造本装幀コンクールの場合、その目的は「出版・デザイン・印刷・製本産業の向上発展」であり、審査基準は「1. 造本目的と実用性との調和がとれており、美しく、かつ本としての機能を発揮しているもの。 2. 編集技術ならびに表紙・カバー・本文デザインが創造性に富み、将来に示唆を与えると認められるもの。 3. 印刷・製本技術が特に優れているもの。 4. 材料の選択が特に優れているもの。」とされている 。各国から推薦された書籍を審査の対象とする「世界で最も美しい本コンクール」では、その基準について毎年公開の場で議論が行なわれているとのことである。
審査の対象は書籍の装幀であって内容ではないはずであるが、それでも受賞作には美術書や作品集、写真集が目立つのはやむを得ないことなのか。こうしたジャンルには少部数で高額な本、読者を限定する本が多い。しかしながら、時間とコストをかけてつくられた高額な書籍の装幀が凝っていてもそれはむしろ当然のことである。挑戦的なブックデザインへの評価は必要であるが、書物を手にとってもらい人々に言葉を届けるという装幀の目的を考えれば、その価格も評価の対象となってしかるべきではないだろうか。原研哉氏の装幀で、1,700円(税別)という価格の『魯迅の言葉』(平凡社、2011)が「世界で最も美しい本コンクール」で銀賞を受賞したことは、その意味でも特筆すべきことと思う。[新川徳彦]
2014/01/15(水)(SYNK)
岩熊力也 weight
会期:2014/01/06~2014/01/18
コバヤシ画廊[東京都]
東日本大震災がアーティストに及ぼした影響は計り知れないほど大きい。にもかかわらず、それを作品に反映するアーティストが依然として少ないのは、おそらく美術が、他の表現文化に比べると、相対的に遅いメディアだからだろう。写真や映像、マンガ、あるいはデモであれば、直接的かつ瞬発的に表現することも可能である。だが、絵画や彫刻が思索と制作にそれなりの時間を要することはもちろん、アートプロジェクトですら、長期的な展望と持続的な過程を、その形式の内側に抱え込んでいる。同時代の事象に目を瞑る輩は論外だとしても、美術の同時代性が作品として現象するには、ある種の「タイムラグ」を避けることができないのである。
そうしたなか岩熊力也の新作展は、その同時代性を絵画として結晶させた、きわめて稀少な展観だった。展示されたのは、布に描いた絵画をもとにしたアニメーション映像と、その絵を水で洗い流した布など。いずれも「水」をキーワードにしながら3.11以後の絵画の可能性を自問自答した作品に見えた。
ウィリアム・ケントリッジのように描写と消去を繰り返しながら制作したアニメーション映像には、蛇口やバスタブから溢れ出る水、その水で浸かる街並み、そして水の底に引き込まれる男などが寓話的に描かれている。映像のなかに描写される赤いワンピースの女があまりにも陳腐に過ぎる感は否めないが、そうだとしてもここに立ち現われた詩情性が私たちの胸を打つことに変わりはない。
その詩情性は、しかし、必ずしも津波という主題が私たちの心情と共振したことに由来しているわけではない。それは、むしろ描写と消去を繰り返す岩熊の手作業に、まことに同時代的な絵画のありようを希求してやまない私たちの欲望が重なったということなのかもしれない。描いては消し、描いては消しを反復する作業は、アニメーション作品として成立させるために不可欠な工程というより、同時代の絵画をまさぐる身ぶりの現われだったのではなかろうか。
水で絵の具が洗い流された布には、辛うじて色彩の痕跡が認められるが、ほとんど染みと滲みといった程度で、もはや何が描写されていたのか確認することはできない。すなわち絵画ではなく、たんなる物体に近い。物体に残されているのは、だから文字どおり「白紙還元」を試みつつも、最後まで洗い落とすことのできなかった、絵画という原罪とも言えよう。だが、ちょうど産卵のために清流を遡行する鮭のように、それらを川の水のなかで漂わせた映像を見ると、岩熊の視線は絵画を物体に還元しながらも、同時にそれを再生することにまで及んでいるように思えてならない。そこに、岩熊は3.11以後の絵画の可能性を賭けているのではないか。
2014/01/16(木)(福住廉)
アートが絵本と出会うとき──美術のパイオニアたちの試み
会期:2013/11/16~2014/01/19
うらわ美術館[埼玉県]
この展覧会はもともとは「前衛と絵本」というタイトルで企画されたと聞く(たしかに英文タイトルは「Avant-garde and Children」である)。すなわち、ロシア・アヴァンギャルドから現代アートまで、表現の先端にあり、かつ子どものための絵本においても実験精神を発揮した美術家たちの仕事を辿る展覧会である。展示はおおむね美術運動の時代別に7章に分けられ、美術家たちの多彩な作品を紹介するとともに、その制作活動のなかに絵本を位置づけている。第1章と第2章は海外の前衛美術運動と絵本の関係。単純な色と形、廉価な造本。革命直後のロシアにおいて絵本は子どもたちの教育と啓蒙の媒体であると同時に、ロシア・アヴァンギャルドの芸術家たちの実験の場であったことが示される。また、ダダや未来派などのタイポグラフィによる絵本の試みも面白い。第3章からは日本の前衛と絵本。村山知義、柳瀬正夢らの仕事には、同時代の海外の動向を取り入れつつ、それを独自の表現へと昇華させていった様が見て取れる。第4章は絵本における抽象表現の先駆けとして恩地孝四郎、第5章では絵本雑誌『コドモノクニ』(東京社)を舞台とした古賀春江らの幻想的な世界が紹介されている。第6章は、童詩雑誌『きりん』を中心とした吉原治良ら具体美術協会と絵本の関係。さらに元永定正の抽象絵本が多数紹介されている。第7章は池田龍雄、山下菊二、高松次郎、大竹伸朗ら、現代美術家が手がけた絵本である。
なぜ美術家が絵本を手がけるのか。その理由はさまざまであるように見える。革命直後のソビエトにおいては、絵本には子どもたちの教育という目的があった。印刷技術や出版業の発展、絵雑誌など、絵本を取りまく環境の変化も挙げられる。しかしそれは童画家なども含む絵本画家全般に言えることである。もうひとつ、この展示で示唆されているのは、美術家と子どもたちとの直接的な関わりである。シュヴィッタースのおとぎ話や絵本は、彼とその子どもたちとの日常から生み出されたものだ。柳瀬正夢は無類の子ども好きであったという。恩地孝四郎は、絵本雑誌『子供之友』(婦人之友社)から村山知義や武井武雄の童画を抜粋し、自分の子どものために装幀し直したりもしている。子どもを持つことが、美術家たちに新たな表現の対象を見出させるのだ。そして何よりも、それはけっして大人から子どもに与えるという一方的な関係ではない点が興味深い。
絵本と子どもたちの関係を見ると、美術に対する反応が大人たちのそれとはずいぶんと異なっているようだ。元永定正の抽象絵本には、いったい誰を読者に想定しているのだろうという印象を抱いたのだが、これが子どもたちに人気で、なかでも『もこ もこもこ』(文研出版、1977)は最近100万部を超えたということを聞いて驚いた。アマゾンのカスタマー・レビューには、大人にはさっぱりわからないが、子どもにがとても気に入っているという記述がいくつもある。なるほど、子どもには見えていても大人になるにつれて見えなくなるものがあるのだということを改めて思い知らされる。
本展は下関市立美術館に巡回する(2014/7/17~8/31)。[新川徳彦]
2014/01/16(木)(SYNK)
大阪新美術館建設準備室デザインコレクション 熱情と冷静のアヴァンギャルド
会期:2014/01/17~2014/03/05
dddギャラリー[大阪府]
大阪新美術館建設準備室が所蔵するグラフィック・デザインのうち、ロシア・アヴァンギャルド、デ・ステイル、バウハウス、戦後オランダとスイスのデザインなど、1920~30年代と1950~60年代の優品約50点が展示された。同館のデザイン・コレクションは、2012年にサントリー・ポスター・コレクション約2万点の寄託を受けており、質・量ともに国内屈指の規模を誇る。その貴重な財産を積極的に活用するのは結構なことだ。実際、アレクサンドル・ロトチェンコ、エル・リシツキー、テオ・ファン・ドゥースブルフ、ヘルベルト・バイヤー、マックス・ビルといった巨匠の作品が並ぶ展示は素晴らしかった。その一方で、計画立案から30年を経て、未だに開館の目途が立たない美術館の現状には嘆息せざるをえない。初日のトークによれば、今年度中に基本計画案を提出し、議会の信任を得て、早ければ2020年頃に開館とのこと。しかし、同様の話を過去に何度聞いたことだろう。今度駄目だったら、いっそ永遠に準備室のまま漂流する方が革新的かもしれない(もちろん冗談だが)。
2014/01/17(金)(小吹隆文)