artscapeレビュー

2018年04月15日号のレビュー/プレビュー

ヌード NUDE—英国テート・コレクションより

会期:2018/03/24~2018/06/24

横浜美術館[神奈川県]

ありそうで意外になかったのが「ヌード展」。なぜなかったのかといえば、西洋美術ではヌードはあまりに当たり前で、あまりに作例が多すぎるため、「ヌード展」なんて大ざっぱなくくりでは成立しないからだろう。したがって「ルネサンスのヌード」とか「横たわるヌード」とかテーマを設けるのが普通だ。この展覧会はとくにテーマを掲げていないが、「英国テート・コレクションより」というサブタイトルが同展の性格をある程度物語っている。つまり、保守的な伝統を持つイギリスの、近現代美術を専門とするテート・コレクションから選ばれたヌードであり、いいかえれば19世紀のヴィクトリア朝時代の保守的なヌードも、現代美術における革新的なヌードも期待できるというわけだ。もうひとつ重要なのは、これらの作品を選んだキュレーターが女性であること。内覧会の記者会見に出たら、テート学芸員で同展を監修したエマ・チェンバース氏をはじめ、館長の逢坂恵理子氏、担当学芸員、司会、通訳も含めて登壇者全員が女性だった。ここから展覧会の性格もおぼろに見えてくる。

出品作品は計134点。うち18世紀が2点、19世紀と21世紀がそれぞれ20点前後で、あとは20世紀の作品。展示は必ずしも時系列に沿っていないが、大ざっぱに時代を追いながら、「物語とヌード」「モダン・ヌード」「エロティック・ヌード」「身体の政治性」など小テーマに分かれている。第1章「物語とヌード」では、ジョン・エヴァリット・ミレイやフレデリック・レイトンら19世紀の古典的なヌード像を堪能できるが、唯一の女性画家アンナ・リー・メリットが描くのは男の子の後ろ姿のヌード。当時は女性画家自体が少ない上、女性が男性ヌードを描くことが許されていなかったのだ。ドガやルノワールが登場する第2章「親密な眼差し」でも、女性画家はグウェン・ジョンただひとり。かつてフェミニストのグループ、ゲリラガールズが「近代美術で女性アーティストは5パーセントしかいないのに、ヌードモデルの85パーセントは女性だ」と喝破したのを思い出す。

同展最大の見どころといえば、第4章の「エロティック・ヌード」だろう。ロダンの《接吻》をはじめ、ターナーやピカソらの男性目線による春画が出ているが、それだけでなくホックニーによるホモセクシュアルな表現や、ルイーズ・ブルジョワによる恋人たちのダンスを描いた版画もある。第7章「身体の政治性」では、マルレーネ・デュマスやサラ・ルーカスら女性アーティストが半数となり、最後の第8章「儚き身体」では、シンディ・シャーマン、トレイシー・エミンら5人中4人が女性で占められている。つまり男女比は第1章と逆転したわけで、展覧会全体を通して、女性が男性のためのヌードから自身の身体を取り戻していく過程と読み解くこともできる。まあそれはそれとして、ぼくが個人的に好きなのは、スタンリー・スペンサー、ルシアン・フロイド、ジョン・カリン(全員男性)のいかにも肉肉しいヌードたち。脂肪の乗った滑らかな身体を表わすには油絵具がもっともふさわしいのだ。

2018/03/23(村田真)

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森山大道「Ango」

会期:2018/03/21~2018/04/22

POETIC SCAPE[東京都]

町口覚のブックデザインでBookshop Mから刊行されている「日本の写真×日本の近現代文学」のシリーズも5冊目になる。太宰治、寺山修司、織田作之助のテキストと森山大道の写真という組み合わせが続いて、坂口安吾+野村佐紀子の『Sakiko Nomura: Ango』を間に挟み、今回の『Daido Moriyama: Ango』に至る。坂口安吾といえば、なんといっても「桜の森の満開の下」ということで、1972年に発表した「櫻花」など、桜というテーマとは縁が深い森山とのコラボは、季節的にも時宜を得たものと言える。

町口覚のブックデザインは、テキストと写真との関係のバランスを取るのではなく、むしろ互いに挑発し、触発しあうようなスリリングなものに変えてしまうところに特色がある。今回もその例に漏れないのだが、柿島貴志が担当したPOETIC SCAPEの展示構成も、写真集をそのまま踏襲するのではなく、さらに増幅させているように感じた。22点の展示作品は、デジタル・データからのラムダ・プリントがベースなのだが、その大きさを微妙に変え、黒枠のマットで黒縁のフレームに入れて、壁に撒き散らすように展示している。「漆黒の桜」という今回の写真のコンセプトに即した、黒っぽい焼きのプリントを、深みを保ちながらも重苦しくなく展示するための、細やかな配慮が感じられた。

森山大道にとっての桜の意味は、1970年代と近作では違ってきているはずだ。それでも、あのひたひたと皮膚に纏わりついてくるような感触に変わりはない。展示作品からは外されていたが、写真集には、森山のデビュー作である胎児を撮影した「無言劇(パントマイム)」シリーズのなかから1点だけ収録されていた。桜と胎児のイメージは、森山自身の初源的な記憶の領域で結びつき、溶け合って出現してくるのかもしれない。

2018/03/23(金)(飯沢耕太郎)

KAC Performing Arts Program 2017/ Contemporary Dance ワークショップ&ディスカッション『ダンスの占拠/都市を占めるダンス』

会期:2018/03/24

京都芸術センター[京都府]

「都市におけるダンス」をテーマに、ダンスやダンサーを取り巻く現在の状況を再認識し、課題や展望を話し合う、ワークショップとディスカッションのプログラム。ほぼ丸一日にわたって行なわれたディスカッションの6つのセッションのうち、筆者は、手塚夏子のお話とワークショップ「フォルクスビューネの占拠にいて考えたこと」、「ダンサーが手を組むこと~労働としてのダンスと、互助組織、ネットワーク」、「若手ダンサーが求める課題と環境、そして機会」、「ダンス/地域/都市/社会/世界」の4つを聴講した。

まず、1つめのセッションでは、ダンサーの手塚夏子が、昨年ベルリンの劇場フォルクスビューネが占拠された現場での体験談を話した。ワークショップのようなものや炊き出しも行なわれ、現場は殺気立つというより穏やかな雰囲気だったというが、そこには、「対立の歴史が長いからこそ、運動を静かに続けることで対話を持続させよう」という静かな熱があるのではと手塚は話す。占拠事件の直接的なきっかけは、劇場総監督を25年間務め、実験的・問題提起的なアプローチで知られる演出家のフランク・カストルフが退任し、後任に元テート・ギャラリーの館長クリス・デーコンが着任したことで、これまで同劇場が培ってきた演劇文化や批判精神が失われるのではという反発が起こったことにある。手塚はさらに、「無骨ながらも創造的な街だったベルリンが、ジェントリフィケーションにより変容していくことに対する怒りも背景にあったのではないか。自分のアートが商品としてどう価値づけられるかという方向にアーティストの意識が変わっていくし、そうした意識のアーティストが入ってくる。60年代のジャドソン教会派のように、『タダ(に近い)場所』があることが重要。商品価値ではなく、何が自分たちのリアリティかを模索できる場所からこそ、何かが生まれる可能性がある」と話した。

「ダンサーが手を組むこと~労働としてのダンスと、互助組織、ネットワーク」のセッションでは、ダンサー・振付家の伊藤キムが、「ダンサーや振付家の労働組合をつくる」提言を行ない、議論の中心となった。プロデューサーや有名振付家など力のある相手に対し、ダンサーが個人でギャラなどの交渉に臨むことは難しいが、組合をつくって団体で交渉すればどうかという提言だ。そのためには、ダンサーは「踊りたいから踊る人」ではなく、職業人としての自覚を持つ必要があると訴えた。会場からも活発な意見が出され、演劇批評の藤原ちからは、俳優や制作者の労働環境問題についても触れつつ、「労働の対価として認められたものだけがアートなのか。今の日本社会や行政が求めるものという枠でアートをはかれるのか。アートの自律性についても丁寧に議論していくべきだ」と述べた。また、舞踊史研究者の古後奈緒子は、フランスの大学のカリキュラムを紹介し、労働基準法や契約の結び方についても教えること、ダンス史をきちんと学ぶことで自作の歴史的位置付けについて語れるように教育がなされていることについて話した。

最後のセッション「ダンス/地域/都市/社会/世界」では、神戸のNPO DANCE BOXのディレクター横堀ふみが、多文化が混淆する町の中にある劇場としての取り組みを紹介した。また、JCDN(NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク)の佐東範一が、「踊りに行くぜ!」などのネットワーク整備や制作支援活動、震災を契機に始まった東北地方の芸能との交流をはかる「習いに行くぜ!」や三陸国際芸術祭の取り組みを紹介した。会場からの発言を交えてのディスカッションでは、公共ホールとの連携のあり方、「観客」の想定や育成、助成金頼みの体質からどう脱却するか、「コミュニティダンス」など地域で生まれるダンスのニーズなど、多岐にわたる論点が提出された。

若手、中堅、ベテランと層の厚いダンサーに加え、制作者やプロデューサーが集まって話し合い、刺激を与え合う貴重な機会だった。また、DANCE BOX(神戸)やJCDN(京都)など中間支援を行なう団体は関西に多い。こうした機会が今後も継続され、シーンの活性化につながることを願う。

2018/03/24(土)(高嶋慈)

佐藤麻優子「生きる女」

会期:2018/03/24~2018/03/25

VACANT[東京都]

1993年生まれの佐藤麻優子は、最も若い世代の写真家のひとりである。2016年に第14回写真1_WALL展でグランプリに選ばれ、2017年に個展「ようかいよくまみれ」を開催した。その時の作品は、主に同性の友人たちをフィルムカメラで撮影したスナップショットで、どこか閉塞感の漂う時代の空気感が、まさに身も蓋もない画像であっけらかんと定着されていた。

今回のVACANTの展示では、カメラを中判カメラに替えることで画像の精度を高め、アイランプによるライティングも積極的に使うことによって、意欲的に表現世界を拡大しようとしている。チラシに寄せた文章に「性差が曖昧にもなり、しかし相変わらずはっきりともしている現代で、女性性として生きている人がどんなことを考えているのかどんな姿をしているのか、見たくて知りたくて、写真にして話を聞きました」と書いているが、これまでの被写体の範囲を超えた女優や、イラストレーターなどの他者も「生きる女」として取り込むことで、同時代のドキュメンタリーとしての強度がかなり高まってきている。

ただし、写真作品としての完成度が上がることは、彼女にとって諸刃の剣という側面もありそうだ。以前の写真は、技術的に「下手」であることが、逆にプラスに作用していたところがあった。ぎこちなく、不器用なアプローチが、逆に現代社会を覆い尽くす妖怪じみた「よくまみれ」の状況を、ヴィヴィッドに浮かび上がらせていたのだ。だがどんな写真家でも、写真を撮り続けていくうちに、「巧く」なってしまうことは避けられないだろう。今回のシリーズのようなテンションを保ちつつ、あの魅力的な何ものかを呼び込む「隙間」を失くさないようにしていってほしいものだ。

2018/03/25(日)(飯沢耕太郎)

Three Tones 3人のデザイナーがつくるテキスタイル空間

会期:2018/03/27~2018/04/01

スパイラルガーデン[東京都]

テキスタイルの展覧会というのは、これまでにあまりなかったのではないか。そもそもアパレルや繊維メーカーに属していない独立したテキスタイルデザイナー自体が、他のデザイン分野に比べると少ない。本展は、第一線で活躍する3人のテキスタイルデザイナー、鈴木マサル、清家弘幸、須藤玲子による合同展だった。

鈴木は作品タイトルを「目に見えるもの、すべて色柄」とし、赤、ピンク、オレンジ、黄、緑、青、紫、グレーなど、彩度の高い色をふんだんに布に取り込んだ。色柄の異なる布と布とを縦に継いだ垂れ幕を天井から何枚も吊るしたほか、片側の壁面にはさまざまな色柄の傘を開いて何本も設置したインスタレーションを行なった。印象的だったのはこれだけ空間を色柄で埋め尽くしたにもかかわらず、まったくうるさく感じなかったことだ。むしろ、明るさや元気をもらえたのである。その理由は色柄の素材が電飾ではなく布だったためか、配色のセンスが良かったためか……。

「目に見えるもの、すべて色柄」展示風景 スパイラルガーデン[撮影:繁田諭]

清家の作品タイトルは「通路」。和紙の原料によく用いられる楮を黒く染め、その楮紙をシルクオーガンジー、富士絹、シルクベルベッド、ポリエステルオーガンジーの4種類の黒い布にプリント加工した。これらを服に仕立てたほか、「空間に布を着せつける」という発想で天井と両端を布で吊るし覆ったインスタレーションを行なった。黒い布でできた通路は厳かでありながら、楮紙の独特の質感や、格子状にプリントされた目地から漏れる光が見たことのない不思議な雰囲気をつくり出していた。

「通路」展示風景 スパイラルガーデン[撮影:繁田諭]

須藤は3人のうちもっともベテランで、日本の伝統的な染織技術や現代の先端技術を駆使したテキスタイル開発を行なってきた実績がある。作品タイトルを「布、色と間」としたが、ここでいう色とは素材そのものの色のことである。したがって白を基調とした34種類もの布を縦横に継いで、円形の空間を余すところなく利用し、円弧状に布をぐるりと吊るし巡らせた。34種類の布はそれぞれに素材や織り、加工方法が異なるため、同じ白い布でもよく見ると微妙に異なる表情を持っている。このインスタレーションについて、須藤は「気配を感じてもらえれば」と言う。私たちは普段あまり意識することがないが、衣服だけでなく、実は暮らしのあらゆるところでテキスタイルは用いられている。本展はそのテキスタイルの存在を印象的に示し、テキスタイルデザイナーという職域にスポットを当てた展覧会と言えた。

「布、色と間」展示風景 スパイラルガーデン[撮影:繁田諭]

公式ページ:https://www.spiral.co.jp/e_schedule/detail_2542.html

2018/03/27(杉江あこ)

2018年04月15日号の
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