artscapeレビュー
2018年04月15日号のレビュー/プレビュー
小磯良平と吉原治良
会期:2018/03/24~2018/05/27
兵庫県立美術館[兵庫県]
アカデミックな具象画壇の巨匠・小磯良平と、具体美術協会を率いた前衛の牽引者・吉原治良。同じ阪神地区で生まれ育ちながら、対極的な立場で昭和を生きた2人の画家を、時代を追って対比的に紹介している。東京美術学校を首席で卒業した小磯は、さすがにウマイ。在学中に帝展で特選を受けた《T嬢の像》などは、比類ない描写力で知られるドガ+安井曾太郎の巧みさだ。でもこのウマさが災いして、スタイルを崩そうにもなかなか崩せなかったり、後の戦争画制作に巻き込まれる要因にもなった。一方の吉原は独学のせいか、写実的な技量より個性を重んじ、《縄をまとう男》のような快作(怪作)をものしていく。戦後、具体美術協会の後輩たちに「人の真似をするな、いままでにないものをつくれ」と指導したことはよく知られているが、これは彼の生涯を貫く信念だった。
そんな2人の道が決定的に分かれるのが戦争の時代だ。小磯はその描写力と群像表現を買われて軍から戦争画を依頼され、従軍して多くの戦争画を制作。なかでも《南京中華門戦闘図》は昭和14(1939)年度朝日文化賞、《娘子関を征く》は第1回芸術院賞を受賞するなど、藤田嗣治と並んで戦争画のスターに祭り上げられていく。対する吉原は、戦況の激化によりシュルレアリスムや抽象表現が禁じられたため、やむなく《菊(ロ)》のように国花を抽象的に表わしたり、《防空演習》のように銃後の生活を描いたりしてお茶を濁した。というと、吉原に同情が集まり、小磯は戦犯画家扱いされかねないが、小磯も決して藤田のように嬉々として戦争画を描いたわけでないことは、戦闘図より会見図や式典図など穏やかな主題が多かったことや、戦時中も女性像や母子像を手がけていたことからもうかがえる。少なくとも戦争協力にあまり乗り気でなかったことはたしかだろう。のちに戦争画を描いたことを悔い、回顧展に戦争画が出品されることを拒んでいたという。
戦後になるといっそう2人の道は分かれていく。小磯は東京藝大の教授に収まり、一時期幾何学的構成を試みたりしたものの、まもなく写実表現に回帰。吉原は関西で具体美術協会を結成し、フランスのアンフォルメル運動とも同調しつつ、自身は表現主義的抽象からフラットで明快な抽象へと移行した。アカデミズムとアヴァンギャルド、具象画壇と現代美術、ドメスティックとグローバルと平行線を歩んだ両者だが、同時代の同じ地域に同じ画家として生きただけに、何度も顔を合わせたことがあるはず。カタログを見ると2人が一緒に写っている写真が載っているが、あまり親しげではない。というより妙によそよそしい感じがする。お互い近いのに遠いと感じていたのか、遠いのに近いと感じていたのか……。
2018/03/31(村田真)
県美プレミアム Back to 1918:10年ひとむかしと人は言う
会期:2018/03/17~2018/06/24
兵庫県立美術館[兵庫県]
10年前の2008年から、1998年、1988年と10年ごとにさかのぼり、1918年までの各年に関連する作品を並べたコレクション展。2008年は森村泰昌、ヤノベケンジら、1998年は高松次郎(没年)、1988年は植松奎二、柄澤齋ら、1978年は荒川修作、横尾忠則ら、1968年はデュシャン、磯辺行久ら、といった具合。作品は必ずしもその年につくられたものばかりではないけれど、どれも時代を感じさせる選択となっている。まあこんなことはコレクションが豊富でないとできないこと。
サーッと流しながら、ふと足が止まったのは1938年の阿部合成による《見送る人々》。出征する兵士を見送っているのだろうか、題名どおり見送る人々の顔が日の丸とともに画面いっぱいに描かれていて、なぜかとてもよく目立つ。もうひとつ足を止めたのが、1918年の岡本唐貴の《『自伝的回想画』》より《十五歳の少年が見た米騒動の印象》という作品。1918年といえばまだ大正時代なのに、これだけやけにモダンな絵だなと思ったら、岡本が15歳のときに目撃した米騒動の記憶を、80歳近くになって思い出しながら描いた1982年の作品だという。これはなかなか示唆的だ。どんな人間だろうと死ぬ前に1枚でもいいから昔の記憶を絵に残したら、とんでもなく貴重な財産になるに違いない。
2018/03/31(村田真)
第20回亀倉雄策賞受賞記念「中村至男展2018」
会期:2018/04/06~2018/05/16
クリエイションギャラリーG8[東京都]
第20回亀倉雄策賞がグラフィックデザイナーの中村至男に贈られた。これは故・亀倉雄策の生前の業績をたたえた賞で、公益社団法人日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)が運営と選考を行なっている。同協会が毎年、発行している年鑑『Graphic Design in Japan』出品作品のなかから、もっとも優れた作品とその制作者に贈られる。日本のグラフィックデザイン界でとても名誉ある賞と言っていい。
本展はその受賞記念展である。受賞作品は、昨年初めに開いた自身の個展「中村至男展」の告知・出品ポスターとしてつくられた題名「BIRTHDAY」をはじめとする一連の作品群で、奇しくもその個展の会場は本展と同じ会場であった。したがって、中村は2年続けて同じ場所で個展を開くことになったのである。「BIRTHDAY」のうち1点はバースデーケーキのカットシーンが描かれたグラフィックなのだが、ケーキのみならず、ロウソクや炎までもが半分にカットされたユーモラスな一面を見せている。もう1点は両親が赤ん坊を抱いている様子が描かれたグラフィックで、記号的に描かれたお父さんの眉毛から子どもの眉毛へ、同じくお母さんの目から子どもの目へ……と、そこには何本もの矢印が引っ張られており、遺伝を一目瞭然に伝えている。これらは「テクノロジー寄りのものではなく、非常に人間的な、ナイーブさを持つ“新しさ”がある」などと評された。
これまでの作品や仕事を通して見ると、中村はミニマルな線とフラットな色面構成を得意とするグラフィックデザイナーのようだ。それによって独特の世界観が生まれており、非常に明快で、メッセージを伝える力が強いと感じた。本展で展示された新作は、何点にもわたる一連のグラフィック作品で、跳ね上った2枚のトーストから真っ二つにカットされたりんごへ、さらに双子の女の子たちへ、冷蔵庫から冷蔵庫と同じ輪郭をした人間の体内へ、スーツケースからスーツケースと同じ輪郭をした飛行機の窓へなどと続く。まるで連想ゲームかしりとり、漫画のような感覚で、これらの作品を連続して観ていくうちに、さまざまな想像を掻き立てられていった。文字が一切ないグラフィックだけで、観る者をこれだけわくわくさせられるとは、その底力に唸るばかりである。
公式ページ:http://rcc.recruit.co.jp/g8/exhibition/201804/201804.html
2018/04/06(杉江あこ)
ブルーノ・ムナーリ こどもの心をもちつづけるということ
会期:2018/04/07~2018/06/10
神奈川県立近代美術館 葉山[神奈川県]
ダネーゼの製品や美しい絵本、あとは《小ざるのジジ》。私が知っているブルーノ・ムナーリといえばこのくらいだった。しかし本展を観て、それはムナーリのほんの一面にすぎないことに気付かされた。なにしろ、本展は日本初公開作品だけで約150点もある「日本最大の回顧展」である。画家、彫刻家、グラフィックデザイナー、インダストリアルデザイナー、著述家といった、さまざまな顔を持つムナーリの思考をたどりながら、ムナーリを立体的に浮かび上がらせる内容となっていた。初日のレセプションに招かれた画家の渡辺豊重がムナーリを評して「美術でこれだけ遊んだ人はいない」と発言したが、まさにムナーリは多くの“実験”を通して遊んだのではないかと思えてくる。
ムナーリは、イタリアの前衛美術運動「未来派」の一員となり、抽象絵画を発表するところから活動が始まる。まずムナーリの抽象絵画を観る機会自体が初めてで、初っ端から新鮮な驚きをもたらした。その後、ムナーリは絵画に動きを取り入れることを思い付き「役に立たない機械」を発表する。これはいわゆるモビールなのだが、空気のわずかな流れを動力に一定の動きを繰り返すにもかかわらず、何も生産しないということから、この名を付けたという。また1枚の紙を折り曲げてつくった旅先に持ち運べる「旅行のための彫刻」や、座面が極端に斜めに傾いた《短い訪問者のための椅子》、フォークの歯を曲げて人のようなジェスチャーに見立てた「おしゃべりフォーク」など、ムナーリの実験的精神に基づいた遊びは尽きることがない。
なかでも秀作は子どものための絵本だろう。ムナーリは絵本において文字と絵のみならず、ページごとに紙のサイズを変えたり、フリップを付加したり、トレーシングペーパーを採用したりと、紙自体も表現手段として積極的に用いた。絵本以外にも、文字と絵すらない、さまざまな形に断裁された色紙を綴じた《読めない本》も有名だ。ムナーリは、線や色、形などの美術を構成する要素は、文字と同じように事物を伝えられると考えていたという。何事も固定概念にとらわれていてはならない。いつでも遊び心を大切に、人間の五感をフル回転して事物に接せよと、ムナーリに教えられているような気持ちになった。
公式ページ:http://www.moma.pref.kanagawa.jp/museum/exhibitions/2018/munari/index.html#detail
2018/04/07(杉江あこ)
カタログ&ブックス│2018年4月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
コンニチハ技術トシテノ美術 Nice to meet you Artechnik
2017年度の展覧会「コンニチハ技術トシテノ美術」の記録書籍を刊行しました。展示作品の写真や作家の言葉、社会学者貞包英之さんと鷲田清一館長の論考、comosTVのトークイベントなどを掲載しています。
現代アートとは何か
現代アートを司るのは、いったい誰なのか? 世界的企業のトップや王族などのスーパーコレクター、暗躍するギャラリスト、資本主義と微妙な距離を保つキュレーター、存在感を失いつつも反撃を試みる理論家、そして新たな世界秩序に挑むアーティストたち……。日本からはなかなか見えてこない、グローバル社会における現代アートの常識(ルール)=本当の姿(リアル)を描きつつ、なぜアートがこのような表現に至ったのか、そしてこれからのアートがどのように変貌してゆくのかを、本書は問う。さらに、これら現代アートの「動機」をチャート化した「現代アート採点法」によって、「難解」と思われがちなアート作品が目からウロコにわかりはじめるだろう。アートジャーナリズムの第一人者による、まったく新しい現代アート入門。
メディア・アート原論
メディア・アートを明確に定義することは難しく、メディア・アートをめぐる言説に関しても複数が錯綜している状態です。本書は、最先端の工学に明るく、創作者としても活躍中の久保田晃弘さんと日本のメディア・アートのメッカ、NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で20年間メディア・アートの現場に携わってきた畠中実さんという第一人者の二人が、メディア・アートに関する論点をわかりやすく整理・解説した入門書です。
キュレーションの方法 オブリストは語る
英「アートレビュー」誌「現代アートの最も影響力を持つ100人」で第1位に選ばれたトップ・キュレーターが、自身の活動を振り返り、現代アートを含む芸術文化の過去と未来を語り尽くす!
JA 109 SPRING, 2018 Kengo Kuma: a LAB for materials
「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」展の公式図録。「国内外で膨大なプロジェクトを抱えつつ疾走する世界的建築家、隈研吾(1954~)。古今東西の思想に精通し、「負ける建築」「自然な建築」などの理念を実践してきた約30年に及ぶプロジェクトを集大成して展観します。本展では特に、隈が仕事を通じて対話を重ねてきた素材に着目し、主要なマテリアル(竹、木、紙、石、土など)ごとに分類・整理することで、“もの”という観点から概観を試みます。」
展覧会は東京ステーションギャラリーにて2018年5月6日(日)まで開催中。
グリーンランド:中谷芙二子+宇吉郎
2018年3月上旬までメゾンエルメスで開催された、霧のアーティストとして国際的に活躍する中谷芙二子とその父・宇吉郎による同名の展覧会の公式カタログ。展示のインスタレーションビュー、作品リストのほか、岡崎乾二郎による評論「あふるるもの」などを収録。
AC2 No.19(通巻20号)
アーティスト・イン・レジデンスを主な事業とする国際芸術センター青森による編集・発行の定期刊行誌。特集は「美術と社会」。2017年に同施設で滞在制作を行なったアーティストのインタビューや展示記録などを複数掲載。
芸術と労働
芸術活動と労働について現況をさまざまな視点から捉え、芸術と労働、芸術と社会との関わりを考察し、その行方を探る試み。
コンサベーション_ピース ここからむこうへ part A 青野文昭展
2017年9月9日〜10月15日に武蔵野市立吉祥寺美術館で開催した「コンサベーション_ピース ここからむこうへ part A 青野文昭展」の公式カタログ。同展の会場写真や青野文昭氏による関連テキストのほか、小説家の保坂和志氏が本展に寄せたテキストを掲載。出品作以外の過去作品図版も多数掲載し、青野氏の作品集としての体裁を兼ねた内容です。
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2017年11月01日号レビュー「コンサベーション_ピース ここからむこうへ part A 青野文昭展」(福住廉)
2017年12月15日号フォーカス アンケート「2017年に印象に残った読みモノはなんですか?」青野文昭(美術家)
2018/04/15(artscape編集部)