artscapeレビュー

2024年01月15日号のレビュー/プレビュー

中村千鶴子「冬のスケッチ」

会期:2023/12/15~2023/12/27

エプサイトギャラリー[東京都]

中村千鶴子は岩手県久慈市生まれで、北海道大学卒業後に岩手県各地の公立学校に教諭として勤務した。1993~96年にはモスクワの日本人学校で教えていたこともあったという。定年退職後に東京綜合写真専門学校で学び、2020年に同校卒業後は写真家として意欲的に活動している。

これまでは、東日本大震災後に岩手県田野畑村を撮影した写真をまとめた『断崖に響く』(蒼穹舎、2023)のように、長期の取材を重ねたドキュメンタリー中心の作風だったのだが、今回の「冬のスケッチ」はやや趣が違っていた。被写体になっているのは、岩手県盛岡市の冬の街並みである。雪が降り、屋根や地面に積もり、「色あせた古いものたちをまるで狙うかのように光をあてる」様子を、縦位置でしっかりと写しとっている。街のたたずまいを丁寧に記録した写真に違いはないのだが、それよりもむしろ中村自身の「心の中の風景」が浮かび上がってくるように感じる。それとともに、あまり馴染みのない街並みであるにもかかわらず、見る者の記憶に分け入ってくるような不思議な感触を覚える。宮澤賢治の初期作品に、同名の短歌連作があるが、取り立ててそれを意識したというわけではないようだ。あまり構えることなく、自然体で出来上がってきたことが、逆によかったのではないだろうか。

なお、本作は今年度の第3回ふげん社写真賞で準グランプリに選出された。写真集にもぜひまとめてほしい作品である。


中村千鶴子「冬のスケッチ」:https://www.epson.jp/showroom/marunouchi/epsite/gallery/exhibitions/2023/1215/

関連レビュー

中村千鶴子「断崖に響く」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2023年06月15日号)

2023/12/21(木)(飯沢耕太郎)

谷澤紗和子「矯(た)めを解(ほぐ)す」

会期:2023/12/02~2023/12/23

studio J[大阪府]

女性やさまざまなマイノリティが声を上げることに対する抑圧を、どう可視化することができるか。専門技術を必要とせず、女性の家庭内の手仕事・手芸として周縁化されてきた「切り紙」を媒介に、国や時代をこえた連帯をどう示すことができるか。フェミニズム的視点から「切り紙」の可能性を拡張している谷澤紗和子の本展は、シンプルながらも吟味された技法と素材で、こうした問いに向き合うものだった。

めをほぐす」という個展タイトルには、「日常生活や教育における矯正を解すための演習」という意味が込められている。くしゃくしゃに押し潰された紙に、「NO」「うばうな」「くそやろう」「ASSHOLE」という抵抗や罵倒の言葉が、複雑に絡み合う線で切り抜かれた作品が並ぶ。性差別に声を上げること自体への抑圧、「女性は汚い言葉を使ってはいけない」といったジェンダー規範、「マジョリティに常に配慮し、マジョリティが期待するマイノリティ像として“受け入れて”もらわねばならない」といった抑圧からやっと解放されて出てきた言葉たち。複雑に絡み合い、時に読み取りがたい線は、絡み合う複数の声の可視化であると同時に、当事者自身が内面化し、容易には解きほぐしがたい抑圧の複雑さのメタファーでもある。くしゃくしゃになった紙もまた、文字通り押し潰そうとする力がそこに作用していることを示唆する。素材が「梱包紙」であることも、「なにかを覆って包み隠す」抑圧的な行為を示す。また、作品の額縁には解体された家屋の廃材が用いられ、「古い家制度や価値観の解体」を示すと同時に、いまだに残存する無意識のフレームに閉じ込められているようにも見え、両義的だ。

谷澤がこれまでも取り組む文字のシリーズに加え、本展では、二次元の平面性と三次元的な立体性を併せ持つ紙の技法として、「折り紙」を用いた試みが加わった。折り紙で折られたショベルカーに、殴り書きのような線が絡みつく。「ショベルカー」というモチーフは、谷澤自身の子どもの興味に由来するというが、ショベルカー自体、なにかを踏み潰す抑圧のメタファーでもあり、「家の解体」とも結びつく。そして、抑圧の象徴としてのショベルカー自体も押し潰され、梱包を解くように線がほどける。殴り書きのような、明確に「文字」の形を取らない線は、抑圧から解放されつつも、いまだ声にならない声の表象のように見える。



[© studio J]



谷澤紗和子《NO #3》[© studio J]



谷澤紗和子《矯(た)めを解(ほぐ)す #4》[© studio J]


一方、白一色の切り紙で表現された《お喋りの効能》は、谷澤自身を含め、切り紙を手がけた女性作家を同一平面上で出会わせ、国や時代をこえた連帯の意思を示す。画面左側のくしゃくしゃの塊(谷澤自身の自画像)が、精神を病んだ晩年に「紙絵」作品を手がけた高村智恵子の半身像と向き合う。二人の間には、智恵子の作品を引用した画中画がある。もう1点の画中画は、18世紀後半のイギリスで、70歳を過ぎてから精巧な紙細工の花を制作したメアリー・ディレイニーの作品の引用だ。彼女たちの会する空間は、20世紀後半の中国の農村で、伝統的な切り紙細工の剪紙(せんし)を発展させ、独自の神話的世界を表現した庫淑蘭(クー・シューラン)を参照した図案で囲まれている。「切り紙」を媒介に、国も時代も隔たった相手と出会うことで、がんじがらめになっていた抑圧の縄がほどけて「声」となって流れ出す──。サイズ自体は大きくはないが、そうしたストーリーの展開と、今後の発展の予感を感じさせる作品だった。



谷澤紗和子《お喋りの効能》[© studio J]


studio J 谷澤紗和子「めをほぐす」:https://studio-j.ciao.jp/?p=889

関連レビュー

谷澤紗和子「ちいさいこえ」|高嶋慈:artscapeレビュー(2023年04月15日号)
谷澤紗和子「Emotionally Sweet Mood─情緒本位な甘い気分─」|高嶋慈:artscapeレビュー(2022年05月15日号)
花珠爛漫「中国・庫淑蘭の切り紙宇宙」|SYNK:artscapeレビュー(2013年10月01日号)

2023/12/23(土)(高嶋慈)

うつゆみこ「あたま きまま らっきー」

会期:2023/12/07~2023/12/24

OGU MAG[東京都]

作品、190点を収録した14年ぶりの写真集『Wunderkammer』(ふげん社)を刊行し、東京都写真美術館で開催された「日本の新進作家 Vol.20 見る前に跳べ」にも出品するなど、うつゆみこの意欲的な活動には拍車がかかってきている。東京荒川区のギャラリー、OGU MAGで開催した個展でも、1000点余りの作品を、スペースを目一杯使って全面展開していた。

今回の展示では、モノと生きものとがコラージュ的にひしめき合う彼女のこれまでの作品とは、かなり違う方向性が目指されている。生まれ育った荒川区の街々を歩き回って撮影したスナップ写真では、日常の場面に向けられた眼差しが検証される。被写体を発見し、つかみとるように捕獲していくあり方は、これまでの作品とも共通しているが、よりノンシャランにさまざまな方向にアンテナを伸ばしている様子が伝わってくる。亡くなった父親がよく通っていたという店の前に、うつ自身が立って撮影するという試みも面白い。

二人の娘さんとの共作も展示していた。特に11歳のお姉さんは好奇心旺盛で創作意欲も強く、うつの顔に大胆なペインティングを施して、連続場面のポートレートを撮影している。娘さんたちが撮影した、家の中での普段の表情を撮影したスナップ写真にも勢いがある。うつ自身の作品にも言えることだが、予想の範囲におさまりそうな場面を、うまくコントロールを外して、ありそうであまりない状況に仕立てていた。この共作にはさらなる可能性がありそうだ。


うつゆみこ「あたま きまま らっきー」:https://ogumag.wixsite.com/schedule/single-post/utsuyumiko

関連レビュー

うつゆみこ『Wunderkammer』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2023年11月15日号)
見るまえに跳べ 日本の新進作家vol.20|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2023年11月15日号)

2023/12/23(土)(飯沢耕太郎)

スモールワールズ

[東京都]

東京のウォーターフロント、有明にスモールワールズ ミニチュアミュージアムが、2020年にオープンしていたことは知っていたが、ようやく足を運ぶ機会をえた。巨大な物流倉庫を改造した屋内型のテーマパークであり、外観からはほとんどその内部が想像がつかない。あえて言えば、エントランスと道路のあいだに、エヴァンゲリオンの初号機があることくらいだ。国内の類似施設としては、1993年に開園した東武ワールドスクウェアが想起されるが、これは屋外型の施設であり、また模型はすべて1/25で統一されていることが、建築的にはきわめて重要だろう。一方、スモールワールズの特徴は、縮尺を統一していないこと、アニメの都市や非実在の海外建築を含むこと、そして時代を反映して3Dプリンターを活用していることなどが挙げられる。



スモールワールズ エントランス




東武ワールドスクエア サン・ピエトロ寺院とエッフェル塔


主なエリアとしては、宇宙センター、世界の街(フィレンツェや香港風の場所などがあるが、必ずしも写実的ではない)、美少女セーラームーン(ただし、筆者の訪問時は改装中)、関西国際空港(レンゾ・ピアノ設計の建築の断面をのぞくことができる)、エヴァンゲリオンの第3新東京市と格納庫(以上は3階)、2階のカフェにある日本の夜景が挙げられる。



スモールワールズ 宇宙センター 打ち上げ途中



スモールワールズ 世界の街



スモールワールズ 関西国際空港



スモールワールズ エヴァンゲリオン第3新東京市


ワールドスクエアが模型の正確さゆえに、世界の地理や建築史の勉強になるとすれば、スモールワールズはエンターテイメントの要素が強い。例えば、シャトルの打ち上げ、エヴァの発進、そして地下からビルが登場したり、格納する第三新東京市のように、モノが動く。またよく観察すると、建築の周囲や内部に配された人や物など、細部の遊びが多い。これを発見する喜びもあるし、制作者が楽しんでいる様子がうかがえる。さらに来場者は自身の姿を3Dスキャンしてもらい、ミニチュア・フィギュア化してもらえる有料サービスがあり(1/80、1/35、1/24の3サイズ)、館内に一年間設置してもらう住民権付きプランも用意されていた。これは全方位から人間の立体的なデータを瞬間的に測定できるスキャナーと3Dプリンターのシステムがあることで、初めて可能となる。なお、この施設で良いと感じたのは、ミニチュアを制作する現場をバックヤードとせず、来場者が観察できる動線に組み込んでいることだ。ワークショップも開催しており、ものづくりの楽しみを体験できる場になっている。



スモールワールズ クリエイティブスタジオ


2023/12/24(日)(五十嵐太郎)

HAIBARA Art & Design 和紙がおりなす日本の美

会期:2023/12/16~2024/02/25(※)

三鷹市美術ギャラリー[東京都]

あらゆる媒体でデジタル化が進み、環境面からもペーパーレスが推奨される昨今、紙の存在意義が問われている。今後、日常生活で紙製品を使う機会が減っていくのだとしたら、紙はより希少なものとなり、かえって嗜好性や高級感が求められていくのだろう。鑑賞しながら、そんな風に思った。本展は、東京・日本橋に本店を構える老舗和紙専門店「榛原(はいばら)」が、明治から昭和初期にかけて製作した貴重な品々にスポットを当てた展覧会である。墨の付きが良く、繊維が緻密で、上品な光沢があると評判だった熱海雁皮紙をはじめ、小間紙と呼ばれた千代紙や書簡箋、絵封筒、ぽち袋、熨斗、団扇などがずらりと並んでいた。いずれにも色鮮やかな木版摺りが施されており、当時の人々がいかに身近な紙製品で絵や装飾を楽しんでいたのかが伝わった。

いまや便箋に手紙をしたためることは特別なこととなり、年賀状を交わすことも減り、代わりにメールやSNSで済ませてしまう時代である。また電子マネーが普及するずいぶん前から、ぽち袋に現金を忍ばせて心付けとして渡す習慣も少なくなった。このように日常生活で紙製品を使う機会が失われているのだ。一方でオフィスでも家庭でも無味乾燥なプリント用紙が幅を利かせ、紙に関する文化度が落ちてしまったと言わざるを得ない。


展示風景 三鷹市美術ギャラリー


展示風景 三鷹市美術ギャラリー


榛原の歴代当主らは、同時代の画家らと積極的に交流し、美しい絵柄の紙製品を生み出すことに勤しんだという。本展では河鍋暁斎や川端玉章、竹久夢二らが手掛けた千代紙などを観ることができ、改めて当時の紙文化の豊かさを感じ取ることができた。ちょっとした言伝から手紙、お金の受け渡しなどにこうした小間紙を媒体として使用していた時代では、一つひとつに時間と手間が掛かっていた分、人と人とのコミュニケーションにある種の潤いがあったのではないかと想像する。デジタル上で多くの情報をやりとりするいま、それは即時的で正確である一方、物質的な手掛かりがない。どちらが良いということではなく、私たちは高度な文明の便利さから離れられないながらも、時々、こうした工芸的な美に触れる機会が欲しくなるのである。


展示風景 三鷹市美術ギャラリー



HAIBARA Art & Design 和紙がおりなす日本の美:https://mitaka-sportsandculture.or.jp/gallery/event/20231216/


※会期中、一部展示替あり。
前期:2023年12月16日(土)〜2024年1月21日(日)
後期:2024年1月23日(火)〜2月25日(日)

2023/12/26(火)(杉江あこ)

artscapeレビュー /relation/e_00067552.json s 10189489

2024年01月15日号の
artscapeレビュー