artscapeレビュー

2009年09月01日号のレビュー/プレビュー

Stitch by Stitch

会期:2009/07/18~2009/09/27

東京都庭園美術館[東京都]

現代美術の分野で刺繍をモチーフに活動する日本の作家たちを集めた展覧会。本展カタログに論考「ステッチが現代美術へ変容するとき──ハンド・メイドとレディ・メイドの間で」を寄稿したのだけれど、本展の展示については一度も言及していないので、ここに雑感をまとめさせてもらいます。出色の出来だったのは、伊藤存の新作。キュビスムなどの近代美術を連想させる構成を模索しつつ、糸と針で布に描くその独自の「言語」を勝手に進化させている近年の彼は、例えば、糸を抜いた針穴をぽつぽつと残すなんてことをやってみせる。「痕跡」ってことは、また美術史的な進化を果たした?なんて読み込みもしたくなるけれど、そういうことよりも差し抜いた針の暴力が小さな穴に滲む、その些細な振る舞いが画中を豊かにしていることこそ注目すべき。今作ではほかにも、糸を縫い込まずにゆったりと張るアイディアも披露され、布と糸との関係が一層スリリングになっていて新鮮だった。愛着のあるものを梱包する竹村京、街の記憶を地図の透けた布に刺繍してゆく秋山さやか、暗い空間に糸のストロークが印象を残した清川あさみの作品が目立った。

2009/08/21(金)(木村覚)

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カオス*ラウンジ(夏)

会期:2009/08/18~2009/08/30

ビリケンギャラリー[東京都]

出展者でもある藤城嘘がpixiv(イラストを投稿・閲覧できるウェブサービス)を中心にネットを通じて集めた40人前後の作家たちによる展示。今年3月に国分寺で行なった同展の第2弾。pixiv経由だけあって作品はイラストやマンガの類が多いのだけれど、キャンバスを用いた美術的なものも少なくない。技量も知識もある、そのうえで、あえて落書きの手つきで少女を描く作家たち。少女を犯すより少女と同化したいという80年代以降のおたく的精神の恐らく最良の部分といえるものが、小さな画面で生き生きと暴れている。亡き富沢雅彦という名の同人誌ライターは85年出版の『美少女症候群』のなかで、マイナーな同人誌作者たちは「ロリコン」と自己規定することでマスとなりえたと述べている。性を介する共同幻想が、それぞれで閉じこもっていたおたくたちが繋がることを可能にしたのだった。ところ狭しと飾られた本展の作品群のほとんどすべてに描かれている少女の像はまさにそんな力を発揮していて、作家たち同士、また彼らと観客を繋ぐ〈今日のヴィーナス〉といった存在感に満ちている。では、コミュニケーション・ツールとなった「少女」たちは、具体的に何を可能にしてゆくのだろう。少女の体を借りて叫んだ声は、いまのところ時にイライラしあるいはわくわくしている描き手の実存を表明しているのだが。

2009/08/21(金)(木村覚)

青年団若手自主企画 vol.42『昏睡』(作:永山智行、演出:神里雄大)

会期:2009/08/17~2009/08/26

アトリエ春風舎[東京都]

『三月の5日間』を上演し、また今年の春に行なわれた「キレなかった14才♥りたーんず」でも注目された神里雄大は、岡崎藝術座を主宰する話題の若手演出家だ。彼が気になって見に行ったのだけれど、本作を書いた永山智行や、役者の山内健司と兵藤公美の力にも魅了された。男女の短い物語が連なる。欲望の限りを尽くして欲望が満たせなくなった王、7時間50分きっかり寝るのが健康と信じ込んだ男、不倫相手との性交中に抜けなくなった男の話などが、けっして合一化できない女との関係とともに描かれる。最後に2人は、真っ暗闇で死後になくなった肉体を求める。恋人であれ夫婦であれ他人は他人であるということがクリアにまた寓意的な仕方で語られ、観客は苦い笑みを浮かべる。自分が把握できる範囲を超えて他人は存在している。その事実に向き合って、それでも関係を推し進めていきたいと願う前向きさを感じる上演だった。

2009/08/22(土)(木村覚)

イデビアン・クルー『挑発スタア』

会期:2009/08/20~2009/08/25

にしすがも創造舎[東京都]

ファッションショーのランウェイに似た長机が椅子と一緒にどん、とある。両側から観客が挟む。ダンサーが登場すると、モデルみたいに背筋を張って歩く。ただそれだけなのにダンスが体から溢れている。10人ほどのダンサー各人が各様の衣装をまとう。孤独で凜としている。井手茂太は、そんな個人を踊らせる。けれど、踊りのきっかけはたいてい他人で、のせられたり脅かされたり、気づけば踊り手は我を忘れ踊り、ポーズを決めている。きっかけは他人とは限らず、普段は隠れている、抑圧された状態の自分が踊りをうながす場合もある。たがを外すと、そこに「いつもとは違うテンションの自分」が現われ、そこに踊りが発生する。そうして熱風のようにダンスはダンサーの体に迫り、通り抜け、体を熱し、消えてゆく。踊らされた自分に気づき、不意に恥ずかしさがこみ上げるなんてことも隠さない。そう、なぜ踊るのか踊ってしまうのかという因果性が明確なのだ。そのことが井手の舞台を誠実なものにしている。イデビアン・クルーとしての活動はしばらく休止するそうだけれど、その間も、井手がメンバーたちとともに手中にしているダンスの因果性がどこでどう展開するのか、忘れず見守っていきたい。

2009/08/23(日)(木村覚)

プレビュー:吾妻橋ダンスクロッシング/大橋可也&ダンサーズ『深淵の明晰』/壺中天『遊機体』

[東京都]

9月のマストは「吾妻橋ダンスクロッシング」(9/11~13@アサヒ・アートスクエア)で間違いないでしょう。飴屋法水、いとうせいこう、Contact Gonzo、チェルフィッチュ、鉄割アルバトロスケット、ハイテク・ボクデス、康本雅子、ライン京急、あとChim↑Pomと快快も参加予定と、東京の身体表現シーンのカタログとしては、最良のラインナップと言って過言ではありません。ただし、残念ながら現在のところチケット入手は困難なようです。さまざまな手段を使ってどうにか潜り込んで見てください、若き未来のアーティストたち!

お祭りイベントはちょっと苦手という方は、大橋可也&ダンサーズ『深淵の明晰』(9/22~26@吉祥寺シアター)を。2006年から始まった『明晰』三部作の集大成、渾身の一撃を堪能しましょう。

もちろん、壺中天『遊機体』(9/3~6@大駱駝艦スタジオ「壺中天」)も要注目。名作『2001年壺中の旅』の作家・向雲太郎による舞台、期待しましょう。

2009/08/31(月)(木村覚)

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