2017年10月15日号
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artscapeレビュー

市川孝典「FLOWERS」

2011年05月15日号

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会期:2011/04/28~2011/05/29

NADiff Gallery[東京都]

特異な才能というべきだろう。市川孝典はまさに「写真脳」の持ち主だ。たしかに、一度目にした場面を、そのままカメラのシャッターを押すように記憶することができる者がごく稀にいる。だが彼のように、幼年時代にまでさかのぼって、視覚的記憶をありありと再現できるというのは驚異的としかいいようがない。しかも、それらは「ふとしたときに勝手に甦る」のだという。それを何カ月もかけて「紙に映る」ところまで育てあげ、画像として定着していく。その画像再現のプロセスもまた、きわめて特異なものだ。彼が考案した「線香画」は、これまた誰にも真似ができないものだろう。「60種類の線香を、温度や太さなどで使い分け、一切の下書きなしに少しずつ紙を焦がしながら絵を描いて」いくのだ。微妙な陰翳を持つ焼け焦げによって形づくられるイメージは、やはりどこか写真を思わせるところがある。まったく寸分の狂いがない画像を、何枚でも「線香画」に仕立て上げることが可能なのだ。脳と身体が直結して、そのままカメラと化しているわけで、こんなアーティストは僕が知る限り前代未聞だと思う。
今回のNADiff Galleryの展示でも、その超絶技巧を充分に堪能することができた。こういった特異な集中力の持ち主は、脳に障害をかかえている場合が多く、それを自分でコントロールするのは難しくなる。だが市川の場合、衝動に身をまかせきっているわけではなく、一面ではかなり冷静に手順を追って自分の作品を完成させていくことができる。今回は、花や蝶の輪郭をくっきりと描き出した「わかりやすい」作品だけではなく、どこか不気味な抽象画のような場面の作品も展示していた。聞けば、それは脳内に再現される記憶がまだぼんやりとしている段階で形にしたものなのだという。そんなこともできるのかと驚くしかないが、それでも彼の能力がまだ完全に開花しきっているようには見えない。もし彼がこのまま表現者として成長し続けていけば、いったいどんな怪物じみた作品が出現してくるのか。途方もない可能性を秘めた才能だと思う。
なお、東京都現代美術館内のWall Gallery/NADiff contemporaryでも、6×3メートルという彼の大作「merry-go-round」が展示されていた(4月6日~5月8日)。こちらも凄いとしかいいようがない。

2011/04/29(金)(飯沢耕太郎)

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