2018年10月15日号
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artscapeレビュー

松本典子『野兎の眼』

2011年05月15日号

発行所:羽鳥書店

発行日:2011年4月15日

奈良県吉野郡天川村。まだ行ったことはないのだが、以前からずっと気になっていた。紀伊半島のほぼ中央に位置し、龍神信仰で知られる大峯山龍泉寺があるこの村は、その名の通り天から流れ落ちる水がゆるやかに巡って、森羅万象を生気づけているような場所なのではないかと思う。写真を撮影する条件はいろいろあるが、土地そのものが発するパワーを、どんな風に受けとめて投げ返すのかも大事なポイントになるのではないか。この天川村に住む少女を撮り続けた松本典子の写真集『野兎の眼』を見ながらそんなことを考えた。
松本は1997年頃、村の秋祭りで14歳の少女に出会った。その瞬間に「何か大きなものにつながっている」気がして、思わず「10年間写真を撮らせて」と話しかけていたのだという。彼女の両親が東京から天川村に移り住んでいたこともあって、それから帰省するたびに待ち合わせて、年に1~2回くらいのペースで彼女を撮影し続けていった。まだ幼さが残っていた少女はみるみるうちに成長し、妖艶な大人の女性になり、結婚し女の子を産む。その10年間のめまぐるしい変化とともに、おそらく千年、二千年といった単位でゆるやかに移り動いていく森や大地や海のたたずまいが対比的に捉えられている。とはいえ、少女も自然もどっしりと安定しているのではなく、微かに震えながら明滅を繰り返しているような「生きもの」として見えてくることには変わりはない。写真集を見た後もその余韻は続いていて、なんだか舟旅を終えた後のように、体に揺らぎが残っている気がしてくる。たしかに「10年」という区切りはつき、写真集も見事に仕上がったのだが、まだここで完結したという感じがしないのだ。少女とその娘の行く末を見つめ続けることで、さらなる「天川サーガ」を編み上げることはできないのだろうか。

2011/04/30(土)(飯沢耕太郎)

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