artscapeレビュー

2012年07月15日号のレビュー/プレビュー

北川雅光 展

会期:2012/06/12~2012/06/17

アートスペース虹[京都府]

自宅付近の空き地や庭などに群生する「雑草」をモチーフにした絵画作品を発表してきた北川雅光。日頃、気に留めることなどほとんどない身近な植物を丁寧に観察し、それぞれの葉が密集し生茂る様子を丹念に描き出したその作品は、これまでもおもに線描で表現され、図と地を分ける色や鮮やかな色彩などはほとんど使われていなかった。しかし今展には、赤い色面によって植物の輪郭をさらに際立たせる作品も並んでいていままでとは異なる雰囲気。画面全体には、これまでのように、密集する線から個々の(植物の)輪郭を探しだすような平坦な印象はなく、線が背景と図をはっきりと分けている。そのため植物の繁茂する様子もいっそう力強く、空間的な奥行きも感じられるのだが、ある作品には「雑草」の茂る風景のなかに無造作に転がったオブジェのような小さなモチーフも隠れていた。これが密やかで愉快。空間性に物語を喚起する時間性が加わり、見ていると想像も膨らむ。踏まれたり、雨風でなぎ倒されたりしながら生い茂る身近な植物への慈しみやその力強さを見つめる北川の眼差しもより感じられて新鮮だった。

2012/06/16(土)(酒井千穂)

新incubation4「ゆらめきとけゆく──児玉靖枝×中西哲治 展」

会期:2012/06/16~2012/07/13

京都芸術センター[京都府]

ベテランと若手が向き合い、互いに誘発し合うことをテーマにする企画展シリーズ「新incubation」の4回目。今回の出品作家は、ともに油画による表現を行なっている児玉靖枝と中西哲治。児玉は、2008年から2009年にかけての作品《気配─萌え木》《気配─芽吹き》《気配─萌黄》をはじめ、森の木々をモチーフにした2009年からの《深韻》シリーズ、海の光景や水面や水中を描いた《わたつみ》などを発表。中西は、工事現場やY字路など、ありふれた街かどの風景などを描いた13点の作品を展示。塗り重ねられた絵の具の色の深みと透明感にたたえられた児玉の作品は本当になにかが潜んでいるようで、画面の奥へ奥へと目が誘われる。逆に、中西の作品は充満するような湿度や埃っぽい空気、街中の喧噪の音を感じさせるもので、風景の既視感という記憶を刺激する。アプローチは違うがどちらも見応えのある描写力。

2012/06/16(土)(酒井千穂)

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林ナツミ「本日の浮遊」

会期:2012/06/16~2012/07/29

MEM[東京都]

大ブレイクの予感を感じさせる写真展だった。6月16日に、僕と作者の林ナツミのトークイベントが開催されたのだが、雨模様にもかかわらずNADiff a/p/a/r/tIFの会場は超満員。林の写真への関心の高さを肌で感じることができた。彼女が「本日の浮遊」シリーズを、1年間の予定で自分のブログ「よわよわカメラウーマン日記」で公開しはじめたのは2011年1月1日だった。その「浮遊少女」のパフォーマンスは、特に海外で尻上がりに反響を呼び、台湾での写真展、写真集の刊行につながっていく。ブログやフェイスブックなど、これまでとはまったく違う回路で人気に火がついたというのは注目すべき現象だと思う。今回の個展の開催に続いて、7月には青幻舎から同名の写真集も刊行される予定だ。
林の写真の魅力は、撮影場所の設定から、実際の撮影、そしてプリントの選択、ブログへのアップに至るまでのプロセスを丁寧に、まったく手を抜かずにやっている所から来ているのだろう。1回の撮影で100回以上もジャンプすることもあるというから、体力がよく続くものだと感心してしまう。最初の頃は、まさに1日1枚のペースで発表していたのだが、あまりにも手間と時間がかかるので、自分のペースで制作することにして、現在は2011年6月の時点まで達しているのだという。なお、彼女はパフォーマンスに専念していて、シャッターを切っているのはパートナーの原久路である。「バルテュス絵画の考察」シリーズで、これまた内外の注目を集めている彼との共同作業も、「本日の浮遊」の大きな要素となっているのではないだろうか。まだ時間はかかりそうだが、ぜひ最後まで「浮遊」を全うし続けていってほしいものだ。

2012/06/16(土)(飯沢耕太郎)

沖縄のコンクリート建築

[沖縄県]

初日は、琉球大学の入江徹研究室の4年生ゼミ課題の講評を行なう。今年のテーマは、行為の解体。毎年同じ大学を訪れていると、自分の研究室の学生でもないのに、なんとなくメンバーの動向を覚えてしまうのが興味深い。2日目は、琉球大学でレクチャーの後、1階からいきなりほとんど空き店舗になった衝撃の大型商業施設コリンザ、コンクリート造のアーケードをつなげたパークアベニュー通り、そしてゲート通り周辺の沖縄的なコンクリート建築群を見学する。夕方からアメリカ兵が集まるバーやクラブをはしごし、ちょっとだけ日本にはない『コヨーテ・アグリー』の世界を体験した。
しばしば沖縄の記号として赤瓦が使われるが、象設計集団の《名護市庁舎》(1981)など、一部の事例をのぞくと、お手軽で安易な手法になっている感は否めない。一方で沖縄建築のもうひとつの特徴は、コンクリートの使用である。実際、木造の家がほとんどない。アメリカ軍の建築の影響を受けつつ、台風やシロアリの被害を避けるべく、住宅さえも鉄筋コンクリート造である。前述したパークアベニュー通りからゲート通り周辺で観察すると、窓のルーバーや垂れ壁など、普通は別の素材でつくるような細かな造作にも、好んでコンクリートを使う。現在、保存問題が起きている《久茂地公民館》(1966)も、こうした文脈から評価されるべきだ。設計者の宮里栄一が、東京のモダニズムを参考にしつつも、沖縄らしいコンクリートの造形を展開したデザインなのである。

写真:上=入江徹がデザインした琉球大学の講評会の会場、中=中央パークアベニュー、下=ゲート通り周辺

2012/06/16(土)・17(日)(五十嵐太郎)

今和次郎「採集講義──考現学の今」

会期:2012/04/26~2012/06/19

国立民族学博物館[大阪府]

画家、建築家、デザイナーでもあり「考現学」の創始者である今和次郎。民家研究をはじめ、関東大震災後は街と人々の生活の変化を観察、記録、分析し、戦後は「生活学」や「服装研究」といったことも行なっていた。今展はそのさまざまな活動と生き方を軸に、「みんぱく」の調査研究のあゆみとの関係やその成果を紹介するもの。会場には、今の数々のスケッチやドローイングとともに、モンゴルのゲルの家財に関する梅棹忠夫の研究成果と最新の調査との比較、考現学創始当時の洋装、みんぱく開館当時に行なわれた民家模型製作のための民家調査資料など、みんぱくで進められてきたさまざまな資料や研究が展示されていた。なにしろ展示のボリュームがすごい。特に、詳細な今のスケッチを一つひとつじっくり見ていくと何時間もかかるほどなのだが、建築物や人々の生活、衣服の観察、そこでの問題意識などがうかがえるそれらはどれも興味深く、またドローイングそのものが魅力的。関東大震災後、人々が瓦礫のなかからありあわせの材料でこさえたバラックのスケッチをはじめ、建築家やデザイナーとしての活動にも、今の人となりと眼差しがうかがえる。じつに見応えのある内容だった。

2012/06/17(日)(酒井千穂)

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2012年07月15日号の
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