artscapeレビュー

光あれ! 河口龍夫──3.11以後の世界から

2012年06月01日号

会期:2012/04/03~2012/04/22

いわき市立美術館[福島県]

3.11以後、どのようなアートが必要なのか。多くのアーティストは自問自答を繰り返している。これまでの作風を一変させる者もいれば、あえて貫き通す者もいる。考えあぐねたまま、何も手につかない者もいる。だが、ほとんどの美術家に通底しているのは、震災前から確保してきた表現する主体としての自己を、震災後も持続させる構えだ。
被災地のいわきで催された河口龍夫の個展は、そのような自明視を根底から問い直したという点で、画期的だったと思う。展示されたのは、河口が震災直後から制作した作品200点あまり。東北各地の被害を伝える新聞紙を一月ずつ束にして紐で縛り、わずかに着色するなどして物体として定着させた作品や、蓮の種子を貝殻の内側に仕込んで真珠に見立てる作品など、いずれも東日本大震災を主題としながらも、そのことに狼狽し、混乱し、不安に陥り、しかしそこから立ち直ろうともがく河口自身の姿が透けて見える作品ばかりだ。
《手始め》は、文字どおり震災後に河口が初めて手がけた作品。河口自身の手が描かれたシンプルなドローイングで、何から手をつければよいのか途方に暮れた河口が、表現することを一から見つめ直しているように見える。再起のための手がかりを、みずからの「手」に見出すところに、3.11以後を生きなければならない私たちは、大きな共感を寄せるにちがいない。
表現することとは生きることである。それゆえ生き方に大きな修正が迫られたとき、表現だけが無傷であるわけがない。行き先を見失ったのであれば、原点に立ち返ればよい。そこから再び道を切り開くという基本的な態度を、河口龍夫は示した。

2012/04/22(日)(福住廉)

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