artscapeレビュー
木下晋─祈りの心─
2012年06月01日号
会期:2012/04/21~2012/06/10
平塚市美術館[神奈川県]
鉛筆によるモノクロームの絵画を描いている木下晋の個展。最後の瞽女と言われた小林ハルや、元ハンセン病患者の詩人桜井哲夫など、これまでの代表作に加えて、東日本大震災を受けて制作された「合唱図」のシリーズなど、あわせて50点あまりが展示された。
クローズアップでとらえられた両手は、一つひとつの皺まで克明に描き出されているが、当人の顔がフレームから外れているにもかかわらず、いや、だからこそと言うべきか、次第に手そのものが人の顔に見えてくる。皺が顔のそれを連想させたからなのか、あるいは手と手が必ずしも対称的ではなく、むしろ非対称の関係に置かれていたところに、歪な人間らしさを感じたからなのか、正確なところはよくわからない。
ただ、あちらに描かれた両手が、すべてこちらを向いていたところに、その大きな要因があるのかもしれない。祈りの念が私たち鑑賞者に向けられていたからこそ、私たちはその手の向こうに、人の姿を見出してしまったのではないか。祈りという眼に見えない精神の働きが、見えるはずのない人間の存在を幻視させたと言ってもいい。
誰かの何かの「祈り」が受け渡されたかのように錯覚した私たちは、それを再び、どこかの誰かに手渡したくなる。「祈り」を描いた木下晋の鉛筆画は、もしかしたら神への一方的な伝達だった「祈り」を、双方的ないしは重層的なそれへと変換させる、きわめてアクチュアルな絵画作品なのかもしれない。それは神なき時代の宗教画なのだ。
2012/05/04(金)(福住廉)