2020年04月01日号
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artscapeレビュー

飛騨の円空 千光寺とその周辺の足跡

2013年04月01日号

会期:2013/01/12~2013/04/07

東京国立博物館[東京都]

飛騨・千光寺が所蔵するものを中心に約100体の円空仏を見せた展覧会。《両面宿儺坐像》をはじめ、《賓頭盧尊者坐像》《三十三観音立像》など、円空仏の代表的な作品が一堂に会した。
作品の点数に対して会場の空間がやや狭かった気がしないでもなかったが、それでも林立させた円空仏によって飛騨の森林を再現するという展示のコンセプトはうまく実現されていたように思う。円空仏がまさしく森でつくられたものであることが如実に伝わってきたからだ。
よく知られているように、円空仏の大きな特徴は木材を有効活用してつくられている点であり、なおかつ、顔料や漆で表面を処理しないことによってそのことを詳らかにしている点である。つまり、誰が見ても、第一印象ですでに森林との連続性が伝わってくるのである。
だが、今回改めて円空仏をまとめて見てみると、円空が森林をはじめとした自然のモチーフを取り込みながら造形化していたことが、よくわかった。《龍頭観音菩薩立像》と《聖観音菩薩立像》がまとう衣の表現は、針葉樹を簡略化した記号表現と大きく重なり合っているし、《不動明王立像》の下半身は明らかに魚の鱗であろう。《柿本人磨坐像》の鋭角的な描線にしても、飛騨の山々に今も残る荒々しい岩肌から着想を得たにちがいない。円空仏が自然から彫り出されたというより、むしろ円空仏そのもののなかに自然が凝縮されていると言っても過言ではないだろう。
自然から導き出すのではなく、自然を引き込むような造形のありよう。このような円空仏は、いかなる点においても、近代彫刻とは相容れない。その最も典型的な例証が、円空仏の正面性である。見た目のボリュームとは裏腹に、円空仏のなかにはきわめて薄いものが多い。正面から見ると気がつかないが、少し視点をずらすと、その薄さに驚愕するというわけだ。近代彫刻が周囲360度からの視点に耐えうる造形を目指していたのとは対照的に、円空仏はむしろ正面性を求めている。この点にかぎって言えば、円空仏はむしろ絵画的と言えるのかもしれない。
いや、自然との関係性の観点から言えば、円空はそのようにして正面性に依拠しながらも、同時に、その極薄の造形すらも露呈することで、自然に対する融通無碍な身ぶりを体現していたと言うべきなのかもしれない。円空仏を楽しむ視線は、近代彫刻の不自然さを浮き彫りにするのである。

2013/02/08(金)(福住廉)

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