artscapeレビュー
藤井豊『僕、馬』
2013年10月15日号
発行所:りいぶる・とふん
発行日:2013年6月21日
東日本大震災から2年半が過ぎ、アーティストたちが未曾有の事態にどのように反応し、作品として結晶させていったかも、かなりくっきりと見えてきた。だが今回、仙台の古書店「火星の庭」で、藤井豊の写真集『僕、馬』を何気なく手にして、油断することなく網を張り、探索を続けていかなければならないことがよくわかった。それはまさに「こんな所にもこんな表現が芽生えていたのか!」という驚きと感動を与えてくれる作品集だったのだ。
藤井は1970年岡山県生まれ。独学で写真を学び、沖縄や東京での活動を経て2002年に岡山に帰郷した。彼は震災のひと月後の2013年4月11日から5月20日にかけて、何かに突き動かされるように青森、岩手、宮城、福島の沿岸部から内陸に抜ける旅に出る。その「おおむね鉄道、徒歩、車による」旅の途上で、ずっとモノクロームフィルムで撮影を続けた。今回の写真集は、それらのネガから厳選した約200カットを、ほぼ旅の日程に沿って並べ直したものだ(編集、レイアウトは扉野良人)。
気負いなく撮影されたスナップショットであり、ドキュメントとしての気配りよりは、自分が見た(経験した)出来事を、そのまま何の修飾も加えず提示しようという意志が貫かれている。にもかかわらず、それらの素っ気ないたたずまいの写真群には、同時期に撮影された他の写真家の作品には感じられないリアリティがある。沿岸部の瓦礫や津波の生々しい爪痕はもちろん写っているが、それ以上に藤井が、遅い春を迎えて一斉に生命力を開花させようとしている植物群や、日常を取り戻しつつある人々の営みに、鋭敏に反応してシャッターを切っている様子が伝わってくるのだ。
このような、下手すれば埋もれていきかねない写真家の営みが、こうして写真集として形をとり、京都(メリーゴーランド京都)と東京(ブックギャラリーポポタム)で同名の展覧会も開催されたのは素晴らしいことだと思う。『僕、馬』というタイトルもなかなかいい。これはおそらく、藤井自身が青森県のパートに登場する野生馬に成り代わって、東北を旅したことを暗示しているのだろう。
2013/09/08(日)(飯沢耕太郎)