artscapeレビュー
瀬戸正人「Cesium/Cs-137」
2013年10月15日号
会期:2013/09/11~2013/09/24
銀座ニコンサロン[東京都]
福島県出身の瀬戸正人は東日本大震災から約1年後の2012年2月に、大事故があった福島第一原子力発電所の敷地内に入った。フランスの環境大臣の視察があるというので、ある通信社の依頼で立ち入り禁止の区域内を撮影したのだ。その時、タイベックスーツのマスクごしに見た海辺の眺めは、「美しいといえばこの上なく美しい光景」だった。事故によって撒きちらされたはずの放射性物質(セシウムの量は約35キログラム、チェルノブイリ原発事故の約半分)が、まったく「見えない」ことにむしろ衝撃を受けた瀬戸は、その「恐怖なるモノを写真として可視化したい」と考えて、福島県内の山林、河川、田畑などにカメラを向けるようになる。今回銀座ニコンサロンで展示された「Cesium/Cs-137」(11月7日~13日に大阪ニコンサロンに巡回)は、それらの写真群を集成したものだ。
特に力が入っているのは、黒く縁取られた大判プリントに引き伸ばされた16点の作品で、水の底に沈む植物の根、地面に降り積もった落ち葉、枯れ木などがクローズアップで捉えられている。そこにはむろん、「眼に見える恐怖」の対象としてのセシウムの姿は影も形も見えない。だが、その腐敗臭が漂うような黒々とした眺めは、むしろ別の思いを引き出してくるようにも思える。水底へ、地の底へと止めどなく引き込まれ、われわれの世界を構成する物質そのものが形をとってくる場面に立ち会っているような、驚きとも恐怖ともつかない感情の湧出を、瀬戸自身が戸惑いつつ受け入れているようなのだ。
もう少し時を置かないとはっきりとはわからないが、写真家・瀬戸正人の転換点となりうるシリーズではないだろうか。なお展覧会に合わせて、Place Mから同名の写真集が刊行されている。
2013/09/15(日)(飯沢耕太郎)