artscapeレビュー
吉増剛造「瞬間のエクリチュール」
2016年08月15日号
会期:2016/07/01~2016/08/07
NADiff Gallery[東京都]
吉増剛造の写真表現がもっとも精彩を放つのは、むしろポラロイド写真かもしれない。『アサヒグラフ』に2000年初頭から37回にわたって連載された「瞬間のエクリチュール─吉増剛造ポラロイド日記」は、彼が日記のように撮影したポラロイド写真の表面および裏面に、白、銀、金などの細いペンでびっしりと言葉を書き連ねた連作だった。この「詩作品としてのポラロイド写真」には、ほとんど推敲もなしに、即興的な「生の言葉」が記されている。その自動記述を思わせるスタイルは、画像をほぼコントロールすることができないポラロイド写真に似つかわしいものといえるだろう。元来、吉増の写真は多重露光などによって、何ものかを呼び込むことをもくろんでおり、この「瞬間のエクリチュール」はその志向をほぼ極限近くまで追求した作品群といえる。
この時期、吉増はアリゾナ、フランス各地、石狩、花巻、奄美大島、沖縄などに移動を重ねていた。その旅の途上の、浮遊感を伴う身体と精神のありようが、ポラロイドの画像にも文章にも浸透している。特徴的なのは、ネイティブ・アメリカンのホピ族が儀式に使うカチーナドールが頻繁に登場すること。このカチーナドールは、まさに偶然を必然に変換する護符、彼方へと差し出された依り代といえるのではないだろうか。
今回の展示は、1999~2000年に制作されたポラロイド作品74点を、ほぼそのままの質感で再現して箱におさめた写真集『瞬間のエクリチュール』(edition.nord)の出版記念展である。写真集のデザインも担当した秋山伸が会場を構成している。なお写真集は通常版(初版300部)のほかに、直筆カリグラフィー(透明板)付きの特別版(限定30部)も刊行された。
2016/07/18(月)(飯沢耕太郎)