artscapeレビュー
ソウル・キッチン
2011年03月01日号
会期:2011/01/22~2011/03/04
シネマライズ[東京都]
料理人のサクセス・ストーリーではない。何を隠そう、これはオルタナティヴ・スペースについての映画である。しかも、飛び切り上等な傑作だ。舞台はハンブルク。古い倉庫を自分たちで改築した大衆的なレストランが買収の危機に瀕するが、これを何とかして阻止するという物語の骨格はいたって単純明快。けれども、ここに保健所や税務署といった面倒な行政の問題や生々しい移民問題、そして弱みにつけこんでまで乗っ取りを図る貪欲な資本主義などが肉づけされることで物語の厚みが増し、さらに良質のソウル・ミュージックが次から次へと淀みなく流れてくるおかげで、映画の旨みがよりいっそう味わい深くなっている。美人で大酒呑みで画家志望のスクワッターや子持ちのバンドマン、さすらいの料理人、あこぎな不動産屋、恐るべき税務署員、そしてダメ兄貴など、それぞれキャラ立ちした登場人物たちもたまらない。まるで落語を聴いているかのような心地よさを覚える。人生において大切なのは、みんなで分け合える旨い料理とみんなで踊ることができるソウルフルな音楽、それらに欠かせない大量の酒、そして恋愛とセックス(さらに少々の媚薬とちょっとした違法行為)。ファティ・アキン監督がこの映画で描いているのは、それらを自分たちの手でなんとか確保しようと四苦八苦する人びとのありようである。だから、この映画を見ると、助成金をあてにしなくても、知恵を絞って力を集めてなんとかすれば、自分たちのオルタナティヴ・スペースを手にすることができるのではないかという元気がもらえるはずだ。ただし、注意しなければならないのは、この映画には美術が一切登場しないということ。音楽はあるが、絵画はないし、彫刻もない。映像すら出てこない。オルタナティヴ・スペースはアートを必要としているのだろうか。いや、もっと厳密に言えば、社会はアートを必要としているのだろうか。あるいはアートがなくても、人は幸福になれるのだろうか。これは、今も昔もさほど変わらない、つまり今も考えるに値する、根源的な問いである。
2011/02/08(火)(福住廉)