artscapeレビュー

「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」(オープニングトークと特別シンポジウム)

2011年03月01日号

会期:2011/02/02~2011/05/08

オープニングトーク:21_21 DESIGN SITE、特別シンポジウム:東京ミッドタウンホール[東京都]

東京の「21_21 DESIGN SITE」で開催中の「倉俣史朗とエットレ・ソットサス展」の関連企画として、ふたつのトーク・イベントが実施された。筆者は本展図録に関わった者としてトークを聴講したため、その一端をレポートしておきたい。
 第1回目として、2月5日にバルバラ・ラディーチェ・ソットサス氏(以下、ラディーチェ氏とする)と佐藤和子氏によるトークが行なわれた。ラディーチェ氏は30年以上にわたりエットレ・ソットサス(1917-2007)のパートナーであったライターであり、佐藤氏は1960年代からミラノを拠点として活動するジャーナリストである。
 トークは、ラディーチェ氏による講演「ソットサスの生きた時代とデザイン」を中心に構成され、ソットサスの仕事がスライドで多数紹介されたが、なかでも印象深かったのは、1970年代以降のラディカルなプロジェクトだ。彼は、1976年にハンス・ホラインがキュレイターを務めた「変容する人類」展(ニューヨーク、クーパー=ヒューイット美術館)に、「人間の権利のためのデザイン」などの写真連作を出品した。これは、山や海辺などの野外に家具などを置いた光景をモノクロ写真で撮り、それを「あなたは芝生の上で寝たいか、それともベッドの上で?」といった警句とともに展示した作品である。その後、1970年代末にはアレッサンドロ・メンディーニらと「アルキミア」に参加。しかし、すぐに袂をわかち、1981年に「メンフィス」を結成する。理由のひとつはソットサスが、プロトタイプを志向したメンディーニとは異なり、デザインとは製造可能なもの、肯定的・楽観的なものであるべきと考えたためだという。1980年代末には広範なテーマを扱った雑誌『Terrazzo』を刊行した。ラディーチェ氏によれば、ソットサスは「デザインのフォルムは機能だけでなく、感情でもある」と語り、「感覚作用はコミュニケーションの手段」「デザインは幸運をもたらすものであるべき」と述べていた。筆者にとってソットサスの作品はモダニズムに対する過激かつ知的な攻撃という印象があったのだが、講演を聞いて、そのような表層的理解では遠く及ばない、人間に対する愛のようなものが彼の作品の底流にあることを知った思いがした。
 第2回目は、2月11日に建築家・磯崎新氏を招いて特別シンポジウムが催された。初めに磯崎氏による「post festum──エットレ/シローの1975年」と題された講演が行なわれ、次に公募で選ばれた30代のデザイナーやプロデューサーら5名と磯崎氏によるシンポジウムが短時間ながら行なわれた。
 「post festum」とは元来、精神病理学の用語で「祭りの後に」生じる気分を意味し、ここでは1960年代のラディカルな動きの後、日本でいえば、1970年の万博後の喪失感に例えられる。講演ではこの観点からソットサスと倉俣の仕事が分析され、磯崎氏が採り上げたのもまた、1976年のホライン企画の展覧会にソットサスが出品した写真連作だった。氏によれば、同連作は人間が自然においてどこからデザインし始めるかという、デザインに対する疑いを表現しており、新たなデザインの背後にあるものを詩的に表わしたものだという。倉俣史朗(1934-1991)の仕事でクローズアップされたのは、磯崎氏が企画し、1978年に開催された「間」展(パリ、装飾美術館)の出品作《橋》である。板ガラスを重ねたのみの同作品は、氏の解釈では、「橋」や「端」と読み替えられる「はし」、すなわち、世界の境目や繋ぎ目という、空間で線が発生するものの意味をぎりぎりのところで表現している。つまり、お祭り騒ぎの後にソットサスや倉俣が向かったのは、デザインをこれ以上削ぎ落せない状態にまで追い詰めることだった。だが、シンポジウムで磯崎氏が若者たちに語ったのは、単に先人の教えに学べということではない。氏が温かな口調で語ったのは、技術も社会も以前と異なる現代においては、70年代とは問いややり方も異なるのであり、新世代に託された課題とは、自ら新しい問いややり方を開発することなのである。それは難題極まりないが、少なくとも新しい世代が、例えば思いつきでデザインする前に、ソットサスや倉俣、磯崎氏と同様の真摯な態度を今一度デザインに対して持とうとすることは必要だろう。バルバラ氏も磯崎氏もそれを心からの言葉を以て示してくれたのである。[橋本啓子]

2011/02/05(土)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00011950.json l 1230376

2011年03月01日号の
artscapeレビュー