artscapeレビュー
マイセン磁器の300年──壮大なる創造と進化
2011年03月01日号
会期:2011/01/08~2011/03/06
サントリー美術館[東京都]
2010年に開窯300周年を迎えたドイツのマイセン磁器製作所の歴史を約160点の作品により辿る展覧会。時代順に5つの章にわけられて作品が展示されており、各章に時代背景についての解説があるため、たとえ陶器に関心がなくとも文化史として十分に楽しめる。その点で興味深かったのは、やはり西洋磁器の最高峰としてのマイセンの地位を不動のものにした第1、2章の時代の展示だろうか。
第1章では、まず17世紀から続くヨーロッパの王侯貴族の東洋磁器収集の背景が語られる。熱狂的な収集家であったザクセン選帝侯アウグスト強王(1670-1733)が、錬金術師ベトガー(1682-1719)を幽閉してまで硬質磁器の解明を渇望したという史実は、のちの西洋近代主義の精神を予見するものだろう。実際、ヨーロッパ初の硬質磁器の誕生には、哲学者・数学者・科学者チルンハウス(1651-1708)の貢献もあった。展示作品は、赤い「ベトガー 器」に始まり、ドレスデン近郊で発見されたカオリンを用いた白磁の作品がそれに続く。この白磁は東洋の青味がかった磁器よりも白く、この白さは西洋磁器を特徴づける要素となる。続いて絵付師ヘロルト(1696-1775)によるシノワズリ(中国風)などの華麗な作品が登場する。愛らしい絵付けは今日のマイセン磁器にも受け継がれている。
第2章では、バロックとロココの時代に特有な文化であった「メナージュリ(宮廷動物園)」の発想を中心とした展示内容となる。アウグスト強王は、東洋の品やマイセン磁器で埋め尽くした「日本宮」の造営を計画し、その大広間に磁器の動物によるメナージュリをつくることを夢みた。計画は王の死により挫折したが、この時期、彫刻家ケンドラー(1706-1775)の原型になる動物彫刻が多数製作された。本章ではケンドラーの原型に基づき製造された代表作《コンゴウィンコ》(原型1732、製造1924-1932頃)や、やはりケンドラーが得意としたフィギュリン(小立像)が出品されており、磁器による精緻な彫刻を可能にした当時のマイセンの抜きん出た技法は無論のこと、他国に比べて自然主義的傾向が強かったドイツ・ロココの特徴も伝えてくれる。
第3章から第5章までは、19世紀の万国博覧会時代以降、アール・ヌーヴォー、アール・デコの時代を経て、現代のアーティスティックな作品に至るまでの作品が展示されており、おのおの当時のヨーロッパの流行を映し出している。もっとも、1960年に製作所内でアーティストたちにより結成された「芸術の発展をめざすグループ」の幻想的な作品群は、当時のポップの流行とは異質であるかもしれない。シュトラング(1936-)が1969年に原型・装飾を手がけた《真夏の夜の夢》とツェプナー(1931-)の1974年の原型による《アラビアン・ナイト花瓶》が放つ奇妙なエキゾチックさは、社会主義体制という状況があってこそ生まれたものなのか、あるいはそれとはまったく無関係なのか。もし解説パネルにそのような背景との関わりが記してあれば、不勉強の身にはありがたかった。同時にまた、東西の壁が崩壊して20年を過ぎたいま、19世紀以降のマイセンの展開に関してはさらなる研究が求められる時期に来ているのだろうと思った。[橋本啓子]
2011/02/04(金)(SYNK)