artscapeレビュー
2012年12月15日号のレビュー/プレビュー
トランスアーツトーキョー
会期:2012/10/21~2012/11/25
旧東京電機大学校舎11号館[東京都]
神田錦町にある地上17階、地下2階建ての旧東京電機大学11号館全館を使った展示。主催は東京藝術大学で、神田コミュニティアートセンター設立に向けてのプロローグだそうだ。とにかくデカイ。1フロアはそれほど広くないけど平均すれば10部屋程度あり、それが19フロアも重なってるのだから埋めるだけでも大変そう。各階10人のアーティストに任せても計190人のアーティストが必要だし(実際には約300人が参加)、見るほうも1フロア10分で見るとしても3時間以上かかる計算だ。なんて計算してる場合ではない。さっそくエレベーターで上まで昇って1階ずつ見て歩く。上階はカフェや藝大生たちのオープンスタジオに占められていたが、退屈なので足早に通過し、14階で足が止まった。どの部屋もガラクタやスプレーの落書きで埋め尽くされ、フロア全体がひとつのインスタレーションみたいな様相を呈している。Chim↑Pomの卯城竜太が講師を務める美学校の受講生たち10数人による展示だった。見てもいいけどわかんねえだろ的な藝大生と違い、来場者を驚かせ楽しませるサービス精神に富んでいて大変よろしいと思います。ひとつ飛ばして12階も見る価値があった。とりわけ、窓から見える経団連ビルのロゴ「KEIDANREN」を原寸大に再現した佐藤直樹のウォールドローイングと、女性ファッション誌を飾る「小顔革命」「ツヤぴち肌」「女を磨く�。」「今すぐGET!」といったキャッチコピーを切り抜いて部屋中にびっしり貼った渡部剛のコラージュインスタレーションが秀逸。ずっと降りていって5階、コレクター岡田聡が代表を務める「どくろ興業」所属のアーティストたち(どくろオールスターズ)によるインスタレーションも、グッチャグチャで楽しめた。3階では岩田草平が部屋のなかに土の家を建て、和田昌宏は雨を降らせていた。低層階では藝大系アーティストによるコミッションワーク、昔の神田の写真や神田っ子のポートレート写真などが展示されていたが、いいかげん疲れたので通過。やはりこういう取り壊し寸前のビルというハレの時空間ではバカやらなきゃシカトされると痛感しました。
2012/11/22(木)(村田真)
コラボレーションプロジェクト 植田工×茂木健一郎
会期:2012/11/05~2012/11/25
RISE GALLERY[東京都]
脳科学者の茂木が次々と「指令」を出し、アーティストの植田が絵で応えていくコラボレーションプロジェクト。その指令とは、たとえば「偶有性の海を描け!」とか「相互作用同時性を描け!」といった抽象度の高いものから、「縄文人の『絵日記』を描け。『うわあ、今日も松茸かあ』」とか「脳の中にいる、小さな人(ホムンクルス)を描け!」といった具体的イメージを喚起するものまで、どっちにしろ絵にするのが難しいものばかり。それに対して植田は当初、具体性のある言葉を拾って絵にしていたが(たとえばマツタケの絵を描くとか)、どうもそんなものを期待されているのではないと悟り、徐々に植田本来の奔放なドローイングに近づいていったという。たしかに壁に貼り出された絵を見ると、指令の言葉に比較的忠実な初期の具象派から、あまり言葉にとらわれない後期の混沌派へと変化が見られる。ある意味エントロピーの法則どおり。
2012/11/22(木)(村田真)
しまだそう個展「0≒Be式」
会期:2012/11/10~2012/11/22
コンテンポラリーアートギャラリーZone[大阪府]
精力的に作品を発表しつづけている作家のしまだそうが、またユニークな場所で個展を開いていた。会場は大阪府箕面市の阪急桜井市場の中にあるギャラリー。私は初めて訪れたのだが、まさか本当に「市場」の真ん中にあるスペースだとは思ってもいなかったので行ってみて吃驚! 私が訪ねたときは、この古いアーケードの半分くらいの店舗はシャッターを下ろしていて、ややうら寂しい印象もあったのだが、通路には買い物客の姿もちらほら見られた。ギャラリーは壁も入口のドアもないほとんどオープンなスペースで、アーケードの通路からも展示の様子がうかがえる。大きな絵画作品には、人物や怪獣、マンガに見られる音喩表現、記号的な図形など、雑多なものごとが秩序なく、鮮やかな色彩で描かれていた。この場の雰囲気にもよく似合っていたが、そんな空間で眺めていると彼の絵画世界が空想の物語や非日常的イメージなどというよりも、むしろ日常感として共感できる世界に思われて面白かった。
2012/11/22(木)(酒井千穂)
赤鹿麻耶『風を食べる』
発行日:2012/11/01(木)
赤鹿麻耶は2011年にキヤノン写真新世紀でグランプリを受賞し、その出品作「風を食べる」を、今度は写真集出版を副賞にするビジュアルアーツアワード2012に応募して最優秀賞に選ばれた。本書はその受賞を期に編集・刊行された写真集(発売:赤々舎)である。
僕は森山大道、瀬戸正人、上田義彦、百々俊二とともにビジュアルアーツアワード2012の審査をしたのだが、他の出品者からは力が頭ひとつ抜けていて、ほぼ満場一致の選考結果だった。その審査評に以下のように書いた。
「『赤鹿麻耶』という名前には強烈なインパクトがある。血の色の夕陽を浴びて立ち尽くす鹿のイメージは、彼女がシャーマン的な体質であることを暗示しているように思えてならない。実際に彼女の写真を見ていると、そこで繰り広げられている、異様にテンションの高いパフォーマンスが、何か超越的な存在に捧げられた儀式のように見えてくる。写真家も、それを演じるモデルたちも、夢うつつのトランス状態のなかを漂っているのだ。危険な写真だ。そのうちに、写真を見ているわれわれも、そのシャーマニズム的な時空のなかに取り込まれてしまいそうになる」。
できあがった写真集を手に取って、この印象が基本的に間違っていなかったことを確認できた。というより、鈴木一誌・大河原哲によるゆったりとした造本によって、個々の写真に秘められていたパワーが、よりのびやかに開放されているように感じた。
大いに期待できる才能の持ち主と思っていたのだが、ちょうど東京都写真美術館で開催されていた「写真新世紀2012 東京展」(2012年10月27日~11月18日)に展示されていた赤鹿の新作「電!光!石!火!」を見て、いささかがっかりさせられた。大阪っぽい乗りの日常スナップの集積という方向性は、まったく間違っていると思う。いまは『風を食べる』の個々の写真に孕まれていた可能性を、より集中し、緊張感を保って追求していくべき時期だろう。テンションの高さを維持できないようでは困ったものだ。
2012/11/22(木)(飯沢耕太郎)
有田泰而「First Born」
会期:2012/11/22~2012/12/28
916[東京都]
有田泰而の名前を知る人もだいぶ少なくなっているのではないかと思う。1941年、福岡県生まれの彼は1960~80年代に、主に広告やファッションの領域で活動した写真家だ。だが、それ以上に純粋な表現者としての志向が強く、80年代以降は写真とともに絵画作品を発表し、91年に渡米してからは木工や彫刻の作品を中心に制作した。そのまま日本に帰ることなく、2011年にカリフォルニア州、フォートブラッグで逝去する。
今回の個展は、1980年代に一年ほど有田のアシスタントを務めたことがあるという上田義彦の手で実現したものだ。展示されたのは代表作である『カメラ毎日』連載作「First Born」(1973~74)を中心とした75点。このシリーズは当時結婚していたカナダ人女性、ジェシカと、72年に生まれたばかりの長男のコーエンをモデルとして撮影されている。写真家自身の妻子をテーマとする作品は、植田正治の戦後すぐの家族写真をはじめとしてかなりたくさんある。同時代にも、荒木経惟や深瀬昌久が傑作を発表している。だが、有田の「First Born」は、その徹底した演出的、遊戯的空間の創出という点で特筆すべきものがある。妻と子どもの身体をあたかも玩具のように扱って、次から次へとなんとも危なっかしいパフォーマンスを繰り広げていくのだ。それは、ジェシカ自身が「お互いのコミュニケーションがよくいっているときには、ほんとにいい写真ができる」(『カメラ毎日』1974年5月号)と述べているように、有田と家族との共同作業=ジャム・セッションの産物だったといえる。それがあまり長く続かず、2年あまりで終わってしまうのは、パフォーマンスのテンションを高く保ち続けるのが難しかったためだろう。だが、逆にそれゆえにこそ、「First Born」は現時点で見ても希有な輝きを発しているのではないだろうか。
あらためて、いま有田のこの「幻の傑作」の全貌が明らかになったのは素晴らしいことだと思う。暗室に2カ月近くこもって、プリントを全部焼き直したという上田義彦の献身的な努力が充分に報われたのではないか。なお、赤々舎から展覧会にあわせて同名の写真集(端正なデザインは葛西薫、増田豊)が刊行されている。
2012/11/22(木)(飯沢耕太郎)