artscapeレビュー
2012年12月15日号のレビュー/プレビュー
JDP復興支援デザインセンター特別フォーラム「復興とデザインの様々なかたち」
会期:2012/11/23~2012/11/25
ビッグサイトのグッドデザイン賞の展覧会にて、JDP復興支援デザインセンター 特別フォーラム 「復興とデザインの様々なかたち」のファシリテーターをつとめる。釜石の仮設住宅、仙台の教育施設、石巻工房、そして逃げ地図など、異なるタイプ、異なる場所のプロジェクト・リーダーたちに語ってもらい、その後に討議を行なう。震災はある意味において、デザインの潜在的な可能性を引きだす契機にもなっていたのではないか。
2012/11/25(日)(五十嵐太郎)
悪の教典
会期:2012/11/10
三池崇史監督の映画『悪の教典』を見る。『エヴァQ』で抱いていた不満が解消されるようなすごさだ。前半は暴力描写を抑え、後半はお前たちが望む暴力を見せてやるとばかりに高校生の惨殺シーンが続く。が、それはスカッとするスペクタクルにならず、観衆がドン引きする不快なリアル感を伴う。痛み、狂気、そして笑いさえも一緒くたに放出する。おそらく原作の内容を詰め込むことは難しく、物語としては壊れているところもあるが、先生は出席をとるように殺したというコピー通りに遂行される殺戮の場面は映像でしかできないこと。平等に人を殺していくハスミンは、死神や災害のような人を超えた存在に。キャスティングも秀逸である。
特筆すべき後半の殺戮シーンは、スプラッタでもなく(『死霊のはらわた』や『冷たい熱帯魚』とか)、暴力の多様性を示すネタでもなく(『アウトレイジ』や『ファイナルデッドコースター』のシリーズとか)、痛みがない本当にゲーム感覚の殺しでもなく(『ゾンビ』や『バイオハザード』のシリーズとか)、猟奇的でもなく(『ハンニバル』とか)、韓国映画のようなどろどろとした復讐でもなく、ひたすら単調だ。ただ猟銃を撃つというワンパターンを続け、気のきいた捨て台詞もない。むろん、キューブリックの『時計じかけのオレンジ』やクローネンバーグの粘着的なシーンへのオマージュは少しあるが、徹底的に凡庸で退屈なのが、むしろ画期的だ。三池くらいのベテランなら、普通に映画を撮れば、変化をつけたり、スペクタクルで盛り上げようとするけど、あえてそれを回避している。そのことで日本映画には希有な悪役を造形することが達成されていると思う。
2012/11/25(日)(五十嵐太郎)
川俣正「Expand BankARTのためのプランとドローイング」
会期:2012/11/27~2012/12/17
GALERIE PARIS[神奈川県]
BankARTの個展のために制作したスケッチ、コラージュ、マケットなど数十点の展示。川俣は現在パリに家があるので、これらはBankARTの一部屋をアトリエにしてインスタレーション作業の合間にこしらえたものだ。こうしたスケッチやマケットはプロジェクトを実現していくための大まかな設計図みたいなものだから、作業が始まる前につくるのがふつうだが、今回は作業と並行して制作していた。もちろん商品として売る目的もあるからだが、おそらくプロジェクト全体の見直しや作業の確認といった意味もあるに違いない。それにしても手慣れたもの、ほとんど迷うことなく短時間でつくり上げてしまったという。
2012/11/27(火)(村田真)
百々俊二『遥かなる地平 1968-1977』
発行日:2012/10/10(木)
滅法面白い写真集だ。百々俊二はビジュアルアーツ専門学校・大阪の校長を務めながら、『楽土紀伊半島』(ブレーンセンター、1995)、『大阪』(青幻舎、2010)など力のこもった写真集を刊行し続けている写真家だが、この著作では1947年生まれの彼が20歳代の時期に撮影した写真を、再構成して発表している。「A1968年1月17日─21日──佐世保[原子力空母エンタープライズ寄港阻止闘争]」から「Z1976年─77年──大阪」まで、26の断章におさめられた400ページを超える写真群によって浮かび上がる「若き写真家の軌跡」は見応えがあり、同時に胸を打つものがある。
いうまでもなくこの時期には、若者たちの叛乱が日本全国を覆い尽くし、中平卓馬、森山大道、荒木経惟らの登場によって、日本の写真表現が高揚し、沸騰していた。その時代の息吹を、九州、大阪の地にあって受けとめ、投げ返そうとする百々の体を張った営みが、息苦しいほどの切迫感で伝わってくるのだ。社会状況に深くコミットメントする写真だけでなく、テレビのクイズ番組を勝ち抜いて招待されたというロンドン旅行の写真(1970)、1972年に結婚する妻、節子を撮影し続けた「私写真」なども入っているのが、いかにも彼らしいと思う。写真に加えて、巻末の鈴木一誌(ブックデザインも担当)による百々へのロング・インタビューをあわせて読むと、時代背景と写真家の位置づけが、より立体的に見えてくるだろう。
2012/11/29(木)(飯沢耕太郎)
クロダミサト「沙和子」
会期:2012/11/21~2012/12/15
神保町画廊[東京都]
クロダミサトは2009年に写真新世紀でグランプリを受賞後、「沙和子」と名づけたシリーズを撮影しはじめた。2010年にリブロアルテから写真集として刊行された『沙和子』は、同年代の若い女性のヌードをさまざまなシチュエーションで撮影したシリーズである。かなりあからさまに男性向きの「エロ本」のポーズを引用したこの作品では、写真家とモデルは楽しげに、のびのびと写真撮影の時空間を共有している。今回の神保町画廊での展示の中心になっているのは、個展の形では初めての公開となったこのシリーズだが、同時に新作の「無償の愛」も展示されていた。
「無償の愛」は同じモデルを、やはりヌードや下着姿で撮影した連作だが、『沙和子』とはかなり肌合いが違う。クロダの故郷でもある三重県の、なんとも素っ気ない即物的な風景の中で、モデルの彼女がシンプルなポーズをとっている。『沙和子』のような悪戯っぽい挑発性は影を潜め、どちらかといえば素っ気ない、自然体の表情の写真が並ぶ。わずか2年あまりの時間差であるにもかかわらず、ちょっとスリムになったひとりの女性の軀と心の変化が、鮮やかに刻み付けられているのが興味深かった。もう少し長く撮り続けていくと、また違った感触の写真が出てきそうな気がする。それとともに、愛おしさと探究心に突き動かされつつ、血の流れを感じ取れるくらいの近さでシャッターを切っていくクロダのスタイルは、他のモデルを撮影した場合でも、じわじわと面白い形をとっていくのではないかと感じた。
2012/11/29(木)(飯沢耕太郎)