artscapeレビュー
2014年09月01日号のレビュー/プレビュー
ヨコハマトリエンナーレ2014 華氏451の芸術:世界の中心には忘却の海がある
会期:2014/08/01~2014/11/03
横浜美術館、新港ピア[神奈川県]
美術家の森村泰昌がアーティスティック・ディレクターを務めた今回のヨコトリは、その長文の副題だけでなく、作家と作品のセレクトにも大きな特徴があった。ひとつは屋内の展示にほぼ特化したことであり、もうひとつは物故作家も含めたさまざまな時代・世代・傾向の作品を揃えたことである。一見して思ったのは、昨今大流行している地域型アートイベントに見られる、アートを町興しのツールとして扱う風潮、あるいはアートを消費物のように扱う風潮へのアンチテーゼである。しかし、現状批判にばかりとらわれると、森村が掲げたテーマ「忘却」を見失うことになる。森村は、いまの美術界(あるいは世の中)で忘れられがちな、しかし決して忘れてはいけない問題意識を持った作品を取り上げ、その存在を多くの人に気づいて欲しいと思ったのではないか。2つの会場を見終わったとき、そこには森村から観客への切実なメッセージが凝縮しているように感じられた。「アートがアートであり続けるために、見失ってはいけないものがあるはずだ。皆そこに気づいて欲しい」と。
2014/07/31(木)(小吹隆文)
Fantabulous: Day Starter Exhibition
会期:2014/07/10~2014/08/02
ondo gallery&product[大阪府]
Day Starterは、アーティスト、笠井由雅子とディレクター、植田浩嗣の二人が2000年に立ち上げたユニットである。「Taking a lesson from the past(温故知新)」をテーマに、オリジナルのイラストレーション・プロダクトの製作、販売にはじまり、アパレルブランドとのコラボレーションや、ミュージシャンのアートワーク、企業の広報や広告など、その活動は多岐にわたる。この度、彼らの作品集『Fantabulous』(ondo、2014)の出版記念展が行なわれた。20種類のオリジナル・パターンからなる作品集は、そのまま本として手元に置くもよし、一枚一枚切り離して飾るもよし、折りたたんで手紙として送るもよし、という一冊になっている。会場には、各ページのパターンと、それを一部に使った切り絵作品が展示されている。
それにしても、「温故知新」とはあまりに漠としたテーマではないか。とはいえ、「故」は50年代という特定の時代に設定されている。ポップカルチャーの全盛期、享楽的な消費文化が花開いたあの頃である。それを、「新」しく、彼らの感性で解釈し直すということであろう。今回の作品集に収められたパターンのモチーフは、葉っぱや花、鳥、瓶や窓、楽器などいずれも身近なものばかりで、それらが幾何形体をもとにした単純でわかりやすいかたちに落とし込まれている。ひとつのパターンにはわずかな色数しか使われていないが、その2-3色がたがいに響き合う。そして、一般的には低品質とされる軽オフセット印刷を用いることで印刷面の色ムラ、インクのかすれやつぶれなどの揺らぎが生じている。一つひとつの要素はたしかにフィフティーズのプロダクツさながらではあるが、それらの要素がより丁寧により繊細に調整されて落ち着いた調和をなしている。彼らの「温故知新」は、アレンジでもカヴァーでもない。どこかで聴いたことのあるような曲、しかしよく聴くと初めて聴く曲、だからこそ心地よく安心して楽しめる曲といったところであろう。[平光睦子]
2014/08/01(土)(SYNK)
あしたのジョー、の時代展
会期:2014/07/20~2014/09/21
練馬区立美術館[東京都]
漫画やアニメで知られる『あしたのジョー』の展覧会。高森朝雄とちばてつやの詳細なプロフィールに始まり、貴重な原画、アニメ版のセル画や動画、関連商品の数々など、リアルタイムで楽しんでいたファンならずとも、『あしたのジョー』の世界を存分に堪能できる内容だ。
ただ、この展覧会の醍醐味は、タイトルの後半にある。すなわち「あしたのジョー、の時代」とあるように、会場の後半は漫画が連載されていた60年代後半から70年代前半にかけての美術や映画、舞台デザイン、広告などが展示されているのだ。横尾忠則による天井桟敷のポスターはもちろん、篠原有司男の《モーターサイクル・ママ》、平田実や羽永光利によって撮影された反芸術パフォーマンスの数々、高田渡や岡林信康らのレコード、CM「男は黙ってサッポロビール」などが立ち並ぶ会場には、あの時代の濃い空気が満ちている。
『あしたのジョー』の大きな特徴は、よど号をハイジャックした赤軍派が「われわれは明日のジョーである」という声明を出したように、漫画でありながらも漫画を超えた広がりを持ち、そのことによって時代を象徴する文化になりえたことである。今改めて漫画『あしたのジョー』を読んでみると、貧困からの脱出、身体と身体の激突による生の実感、栄光と転落、亡霊との格闘など、いまの時代にはあまり望めない濃厚なリアリティが充満しているのがわかる。
とりわけ注目したいのが、矢吹丈と丹下段平の言葉の応酬だ。下町の汚い言葉で激しく言い合う2人は、ボクサーとセコンドという立場でありながら、つねに同調するより反発し合っていた。ジョーは、もしかしたら一度たりとも段平の助言を受け入れなかったのではないか。ジョーと段平は、いわばリングの外でも拳を交えて殴り合っていたのだ。
だとすれば、本展の意義は漫画と美術の幸福な結合などにあるのではない。それは、むしろ予定調和と慣れ合いが跋扈する現代アートの現状に加えられた激烈な一撃と言うべきだ。あしたのために、われわれはもっと闘わなければならない。
2014/08/01(金)(福住廉)
プラハ国立美術工芸博物館所蔵:耀きの静と動──ボヘミアン・グラス
会期:2014/08/02~2014/09/28
サントリー美術館[東京都]
ヴェネツィアと並ぶヨーロッパのガラス産地であるボヘミア(現在のチェコ共和国西部・中部地方)のガラス工芸の歴史を、プラハ国立美術工芸博物館の所蔵品170点でたどる展覧会。ヴェネツィアでガラス生産が始まったのは10世紀頃。ボヘミアではそれよりもずっと遅れて13世紀頃からガラス生産が見られるようになる。本格的な生産が始まるのは14世紀から15世紀のことだという。展示はその歴史を時系列に七つの章で構成している。
第1章は中世。この時代にはビーカーやゴブレットなど、深さのある器(ホローウェア)がつくられていた。第2章はルネサンスとマニエリスム。16世紀半ばからは器形が多様化。装飾ではエナメル絵付けとエングレーヴィングが行なわれるようになる。第3章はバロックとロココ。17世紀半ばに透明度の高いカリ石灰ガラスが開発され、カットとエングレーヴィングによる上質な無色透明の器の生産が拡大し、ボヘミアン・グラスの絶頂期を迎える。生産の拡大はまた多様な装飾方法の発達をも促した。第4章は19世紀前半から半ば過ぎまで。古典主義の流行から市民階層の台頭でビーダーマイヤー様式が出現。色ガラスが流行を見せる。第5章は歴史主義の時代。19世紀後半にはガラス教育機関が設立され技術発展に影響を与えると同時に、デザイン的には歴史的な様式から着想を得て質を高める動きが見られる。第6章は世紀転換期から第二次世界大戦まで。アール・ヌーボー、アール・デコ様式を経て、戦間期には機能主義的なシンプルなデザインのガラス器がつくられる。1918年、チェコスロバキア独立後は教育が強化され、それが戦後のチェコ・ガラス隆盛の基礎をつくることになる。第7章は第二次世界大戦後以降。チェコのガラス工芸はその教育制度の充実もあり、商業の分野でもアートの分野でも高い水準を保ち続けている。
全体を通して見えるのは、政治体制や社会構造の変化の影響と、他地域からの職人や技術の流入、模倣と差別化による発展の歴史的経緯である。ボヘミア地方の経済的発展はガラス器だけではなく窓ガラスの需要も高める。ハプスブルグ家の支配はイタリア・ルネサンスの文化をもたらした。時代は下って18世紀末の保護貿易の時代には、外国から手本となる製品が入手できなくなったためにガラス産業の対外的競争力が低下したという指摘はとても興味深い。19世紀には富裕層が集まる保養地にガラス彫刻師たちが集まり、顧客の注文に応じてエングレーヴィングを施したという話も職人たちの優れたマーケティング活動の事例だろう。展示では現代のガラス作品にインパクトがある反面、アール・ヌーボー、アール・デコ期の作品が少ないのは個人的にはやや物足りない。たしかにアール・ヌーボーのガラスの中心はフランスであったかも知れないが、チェコの器にも優れた造形が多く見られる。またチェコスロバキア独立後に参加した1925年のパリ万博(アール・デコ博)では多数のガラス製品が賞を受けており、チェコ・ガラスにとって重要な時期であるはずだ。
サントリー美術館ではたびたびガラスの展覧会が開催されており、展示ケース、照明の美しさには定評がある。本展示の構成も美しく、また個々の作品もとても見やすい。[新川徳彦]
関連レビュー
2014/08/01(金)(SYNK)
ART SHOWER 2014─SUMMER─
会期:2014/07/29~2014/08/17(公開制作)、2014/08/19~2014/08/31(展覧会)
海岸通ギャラリー・CASO[大阪府]
3週間の公開制作と2週間の展覧会からなる公募展。今回は5名の美術家(乾美佳、齊藤華奈子、水城まどか、安里知陽、吉田達彦)と1名の服飾クリエーター(gwai.)が参加し、招待作家としてスコットランドからメリッサ・ロージー・ローソンが来日した。海岸通ギャラリー・CASOで公開制作することのメリットは、バスケットボールやテニスができるほどの広大なスペースをひとりで使用できることだが、乾、gwai.、齊藤、水城はその特性を活かしてインスタレーション、服飾、立体の大作を制作。その結果、今回の「ART SHOWER」はこれまでで最もダイナミックな展示となった。特にgwai.が制作した超巨大なジーンズは、東京のお台場に立つ某有名キャラクター(全長18メートル)が着用することを前提にした破天荒なもので、本展終了後もプロジェクト化して実現を目指してほしいと思う。
2014/08/02(土)(小吹隆文)