artscapeレビュー

2014年09月01日号のレビュー/プレビュー

山内陸平『20世紀の椅子たち──椅子をめぐる近代デザイン史』

発行所:彰国社
発行日:2013年01月10日
価格:3,500円(税別)
サイズ:A5判、415頁

60年代半ばの米国・イリノイ工科大学大学院でデザインを学び、ジョージ・ネルソン事務所に入所、ハーマンミラー社のプロジェクトに関わった著者による、近現代を代表する椅子を解説した書。本書は、20世紀の椅子の辞書としても構想され、デザイン史上/デザイン思潮上に意義をもつ椅子、シェーカーの椅子からフィリップ・スタルク、ロン・アラッドの椅子まで99点が選択されている。取り上げられる椅子の概説と理解を助ける多数の図版、その後にエッセイが付された二段構成で、読者を飽きさせない。おりしもミッド・センチュリーブームの最中であるが、ネルソンやチャールズ・イームズらが活躍したその時代に、当地でデザイン実践を経験した著者ならではの椅子に対する熱い情熱と知識が随所に感じられる。印象に残るのは、次の一節。「ミッドセンチュリーという時期に、アメリカの公共用家具にどうしてこれほどモダンなものが誕生したのかについて、多くの識者は個々の「デザイン力」を挙げてきた。が違う。(…中略…)ハーマンミラーとノールの両社は製品企画から製造、販売促進など広告からショールームの運営など企業経営の多くのレベルで、デザインを最大の経営資源として生かした見事な「デザインマネジメント」を展開した結果である」。山内自身の経験に裏打ちされた記述には、強い説得力がある。目を見開かされる一冊。[竹内有子]

2014/08/14(木)(SYNK)

IMARI/伊万里 ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁器

会期:2014/08/16~2014/11/30

大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]

17世紀に現在の佐賀県有田市一帯で製作され、伊万里港から海外に輸出された伊万里焼。当時、ヨーロッパの王侯貴族から熱狂的に愛好されたそれらの品々を、大阪市立東洋陶磁美術館の館蔵品を中心とする約190点で展観している。展示は、冒頭部分にヨーロッパの宮廷を意識したコーナーがあったものの、ほかはほぼ年代順に構成。青一色の染付が色絵に発展し、遂には金襴手という豪華絢爛な様式に至る過程が、わかりやすく紹介されていた。伊万里焼は中国・景徳鎮のコピーとしてスタートし、中国が一時的に貿易を止めた時期に海外市場を獲得した。それらは純然たる商品として大量生産され、顧客の物見に応じてデザインや色合いを変化させている。また後年には、市場に復帰した本家・中国と激烈な競争を行ない、最終的には敗退している。その姿は現在のメーカーとほぼ同じであり、400年前もいまも日本人は変わらないのだなあと思った。美術品としてだけでなく、産業史としても楽しめるのが本展の魅力である。

2014/08/15(金)(小吹隆文)

artscapeレビュー /relation/e_00027238.json s 10102316

奥誠之 展「南洋のライ」

会期:2014/07/04~2014/08/17

ya-gins[群馬県]

「ライ」とはミクロネシア諸島のヤップ島で1930年頃まで用いられていた石貨。直径1.5メートルから大きなもので3メートルのものもあるという。その機能は、日常的に使用する貨幣というより、冠婚葬祭などの贈答品で、その価値は石の大小というより、製造過程における労苦の大小に左右されていたという。この石貨をつくるのがいかに大変だったか、どれほど苦労して運搬したかを、とうとうと語る話術がその価値を決定していたのだ。
1925年、東京の日比谷公園にヤップ島からライが寄贈された。当時のヤップ島はすでに日本帝国の支配下にあり、ライを本土に送ったヤップ島支庁長が、奥誠之の曽祖父だった。奥は、この曽祖父についてのインタビューを親族に行ない、それらの文言を会場の白い壁面に鉛筆で書き記した。来場者は、練りゴムでこれらの文字群を消すよう促されるが、奥はその消しカスをすべてていねいに練り集めて石貨の形状に整えた。つまり練りカスでできた小さな石貨の中にはインタビューで収録したさまざまな声が練りこまれていることになる。
訪れた日は最終日だったこともあり、壁面の言葉はほとんど消し去られていた。だから曽祖父についての描写や記述の詳細はわからない。けれども、白い壁面に残された黒ずんだ痕跡は、そこに記述された言葉が練カス石貨というモノに転位した事実を如実に物語っていた。本展企画者の小野田藍は言う。「使用済みのゴムを石貨のかたちにしてゆく作業は、実際の石貨が来歴によって価値を太らせていくプロセスをシミュレートした行為である」。
さらに付け加えれば、奥のシミュレーションはアートの本質も突いている。つまり、モノの価値を決定するのは、モノそのものではなく、モノに付随する言葉や意味である。この図式に、作品と言説の関係性がそのまま該当することは明らかだろう。批評やステイトメント、議論、あるいは鑑定書といった言説空間の拡充は、だからこそ重要なのだ。
その意味で、本展企画者でアーティストの小野田藍が発行している『ART NOW JAPAN』の意義は、とてつもなく大きい。A4両面に手書きで書かれた、おそらく日本でもっとも簡素な批評誌で、特定の1人のアーティストについて小野田自身が2,000字前後で執筆している。「日本のアーティスト100人」というサブタイトルが付けられているように、100号の発行を当面の目標としているようだが、奥についての最新号で35号。今後、前橋という地方都市から発信される貴重な批評空間に注目したい。




『ART NOW JAPAN』

2014/08/17(日)(福住廉)

うるしの近代──京都、「工芸」前夜から

会期:2014/07/19~2014/08/24

京都国立近代美術館[京都府]

明治初期から昭和初期の京都の漆工に生じた変化を、社会環境や教育制度の変化、漆工家、図案家たちの活動の軌跡とともに辿る展覧会。器、屏風、棚など300点に上る作品と資料による充実した内容。
 江戸末期から明治のはじめ、西洋からさまざまな技術や知識が流入し、工芸にも影響を与えた。西陣の織物にはフランスからジャガード織機が導入され、より複雑な織物が効率よくつくれるようになった。陶芸には西洋の化学的知識が導入され、釉薬や窯が変化した。しかしヨーロッパに存在しない天然の漆を使った工芸は、素材や技術、製造工程のほとんどが変化しなかった。もっとも、なにも変化がなかったわけではない。明治維新を迎えて工芸家たちの多くが国内のパトロンを失った一方で、明治政府の殖産興業・輸出政策により海外あるいは日本を訪れる外国人向けの工芸品需要が高まる。優れた技術が高く評価されると同時に、マーケットの変化は、結果的に漆工の図案、意匠の変化をもたらすことになった。明治8年から18年まで、内務省には製品画図掛という部署が設置され、全国の工芸家に図案を貸与したり、工芸家が提出した図案を修正するという事業が行なわれた。図案の重要性が高まると、図案を創出する人材の育成も急務になる。京都においてその任にあたったのが、京都府画学校で教諭を務めた神坂雪佳や、京都高等工芸学校に赴任した浅井忠であり、彼らが図案を創作するなかで繰り返し参照されたのが琳派の作品であったことが示される。図案のほかに漆器商の果たした役割に言及されている点も重要である。工程毎に分業が徹底されていた漆工では図案の選択から職人の取りまとめまで、漆器商が果たしたプロデューサーとしての役割が大きい。近代工芸においては作家性が強調されるあまり、そのような商人、問屋の存在は忘れられがちなのである。他方で、市場の変化についてもう少し具体的な考察があればと感じた。図案教育が成果を出し始める明治後期には政府の政策は工芸から工業へとシフトする。そのような環境の変化に京都の工芸はどのように対応したのか。漆製品の新しい図案はどのような顧客・市場に受容されたのだろうか(史料が乏しく実証は難しいというが)。
 ポスター、チラシ、図録などのデザインは西岡勉氏。さまざまな器から意匠をトリミングして構成したデザインは美術展の広報物としてはとても大胆。中尾優衣・京都国立近代美術館研究員によれば、所蔵者の許可も得て、本展の企画にふさわしく「図案」を強調したデザインになったという。黒、金、朱で構成された美しいチラシ(A4判横開き4頁)に惹かれて京都まで足を延ばしてしまったが、展覧会自体もすばらしかった。期間が短く、また他館に巡回しないのが残念である。[新川徳彦]

2014/08/17(日)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00026856.json s 10102347

IMARI/伊万里──ヨーロッパの宮殿を飾った日本磁器

会期:2014/08/16~2014/11/30

大阪市立東洋陶磁美術館[大阪府]

17世紀初頭に佐賀県有田町で創始された日本最初の磁器「伊万里焼」は、オランダ連合東インド会社を通じた海外輸出により大きく発展する。本展は、西欧各地の裕福な人々のあいだで愛でられた「輸出用伊万里」を中心として、中国・景徳鎮で伊万里焼を模倣した「チャイニーズ・イマリ」、オランダのデルフトで伊万里に倣って制作された焼物等、約190点を見ることができる。なんといっても圧巻なのは冒頭に展示されている、王侯貴族の壮麗な宮殿を飾るにふさわしい、高さが90センチもある大型の壺や大瓶。日本の風俗・風景・花鳥を描いた模様図、金襴手の豪華な様式、入念な凝った装飾には、目を瞠らされる。出品作の大壺には、染付に蒔絵(この部分は釉薬をかけずに焼成)を組み合わせて構成し、蓋のつまみ部分には木製の獅子が置かれる、といったように非常に豪華絢爛な美術工芸品がいくつもある。ヨーロッパの人々の熱狂的な伊万里の愛好と、その需要に創意で応えようとした日本の陶工の奮闘努力に思いを馳せ、深く感じ入った。[竹内有子]

2014/08/19(火)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00027238.json s 10102336

2014年09月01日号の
artscapeレビュー