artscapeレビュー

2016年07月15日号のレビュー/プレビュー

From Life─写真に生命を吹き込んだ女性 ジュリア・マーガレット・キャメロン展

会期:2016/07/02~2016/09/19

三菱一号館美術館[東京都]

ジュリア・マーガレット・キャメロン(1815~79)は、19世紀イギリスを代表する写真家である。女性写真家の草分けの一人でもあり、48歳の誕生日に娘夫婦からカメラを贈られたのをきっかけにして、以前から持ち続けていた「美への憧れ」を満たす手段として写真撮影とプリントに熱中する。数年で自分のスタイルを確立し、「肖像」、「聖母群」(聖母マリアと幼子のイエス)、「絵画的効果を目指す幻想主題」(神話や宗教的なテーマに基づく演出写真)という3つのジャンルを精力的に作品化していった。
今回の三菱一号館美術館での展示は、キャメロンの作品を多数所蔵するヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)が、生誕200年を記念して開催した回顧展の掉尾を飾る日本巡回展である。貴重なヴィンテージ・プリント118点をまとめて見ることができる機会は、日本ではもう二度とないだろう。ほかにキャメロンの同時代の写真家たち、ルイス・キャロル、ヘンリー・ピーチ・ロビンソン、ヘイウォーデン卿夫人クレメンティーナらの作品も出品され、「キャメロンとの対話」の部屋には、キャメロンの世界観、写真観と共鳴するピーター・ヘンリー・エマーソン、アルフレッド・スティーグリッツ、サリー・マンの作品も並んでいた。見逃せない好企画といえるだろう。
キャメロンの写真は発表された当時から、ブレやピンぼけ、画像の剥落やひび割れなどの技術的欠陥について、強い非難を浴び続けてきた。だが、いまあらためて見ると、V&Aのキュレーターのマルタ・ワイスが指摘するように、それらの「失敗」が、彼女自身の身体性(「キャメロンの手の存在」)をより強く意識させる役目を果たしているのがわかる。彼女にとって、モデルの外貌を正確に描写するよりも、彼らの存在そのものから発するリアリティを受けとめ、捉えることのほうが大事だったのだ。そんな強い思いが、時には画面からはみ出してしまうような極端なクローズアップや、ふわふわと宙を漂うようなソフトフォーカスの画像によって、生々しく露呈し、強調されているように感じる。キャメロンは、当時の女性としては小柄な方だったという。にもかかわらず、その作品から放射されるエネルギーの総量はただならぬものがある。現代写真にも通じる大胆不敵な描写を、全身で味わっていただきたい。

2016/07/01(金)(飯沢耕太郎)

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カタログ&ブックス|2016年07月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

循環する世界──山城知佳子の芸術

編者:浅沼敬子
発行:ユミコチバアソシエイツ
発行日:2016年3月31日
定価:2,000円(税別)
サイズ:A5判、176ページ

2014年11月1日に札幌で行なわれた山城知佳子の上映会、トークイヴェントの記録を目的として出版された。地元沖縄を拠点に映像作品を制作する山城の10年間にわたる活動を振り返り、トークイヴェントで語られた作家自身の作品解説のほか、浅沼敬子、髙橋瑞木、鈴木勝雄によるエッセイを収録。



U-35 展覧会 オペレーションブック:展覧会開催記念限定本

発行:アートアンドアーキテクトフェスタ
発行日:2016年7月1日
定価:926円(税別)
サイズ:A5判、128ページ

2016年10月に大阪・うめきたシップホールで開催される「Under 35 Architects exhibition 35歳以下の若手建築家7組による建築の展覧会2016」のカタログ。展覧会のメインとなる、公募によって選ばれた7組の若手建築家の出展情報・インタビューのほか、伊東豊雄・藤本荘介両氏の特別インタビューを収録。



ムンタダス展:アジアン・プロトコル

編集:関ひろ子
発行:アーツ千代田 3331
発行日:2016年3月
定価:非売品
サイズ:B5判、128ページ

2016年3月から翌月にかけてアーツ千代田 3331で開催された「ムンタダス展 アジアン・プロトコル〜日本・中国・韓国の類似点、相違点、そして緊張〜」のカタログ。メディア・アートのパイオニアのひとりとして国際的に活躍するアントニ・ムンタダス、その彼の日本での20年ぶりの個展となった展覧会のインスタレーション・ビューをはじめ、1997年に行なわれたアーティストへのインタビューや、四方幸子、吉見俊哉、ジャック・スリユらのテキストを収録。


人工地獄──現代アートと観客の政治学

著者:クレア・ビショップ
訳者:大森俊克
発行:フィルムアート社
発行日:2016年5月24日
定価:4,200円(税別)
サイズ:A5判、536ページ

今日のアートにおいては、「参加」──すなわち社会的関与を重視したプラクティスが、非常に重要な位置を占めている。国内では芸術祭やアートプロジェクトが百花繚乱の様相を呈しているが、国際的にも社会的、政治的な側面を重視したプロジェクト型のアートがあらたな文脈を築きつつあり、その規模と影響力は、もはや現代アートのメインストリームを占めているといってよいだろう。特定の集団や地域と相互に歩み寄りながら行なわれるプロジェクトがある一方で、倫理を逸脱した(とみなされる)アートは、ときに衝突と論争を巻き起こしている。(…)
ビショップは、アートには社会から独立した役割があると確信するが、それはとりもなおさず芸術が倫理を重んじなくともよいという意味ではない。むしろ彼女は作者性と観客性、能動と受動、加害と被害──これらが本質として対立的にはとらえがたいものであることを強調し、複雑に転じていく位相をひもとくことで、より慎重かつ正確な理解を求めようとする。 「敵対」と「否定」に価値を見出しつつ、それらを多層的にとらえ直すビショップの鋭く豊かな思考は、「関係性の美学」以後のアートの構造を理解するうえで必ず踏まえるべきものといえるだろう。

出版者サイトより]

現代建築家コンセプト・シリーズ22 島田陽|日常の設計の日常

著者:島田陽
発行:LIXIL出版
発行日:2016年3月15日
定価:1800円(税別)
サイズ:A5判、160ページ

72年生まれ、神戸を拠点にタトアーキテクツを主宰する島田陽が手掛けてきた住宅は、住む人やその周囲の人の認識を刺激し、新鮮な発見を促す多義性に満ちています。
シンプルな多様性、動的な抽象性、他律的な自律性、大きなディテール、新築の廃墟、家具の階段……。あれとこれがここで出会うと、豊かな変化をもった住居ができ、能動的で発見的な暮らしが営まれる契機となる。
本書は、島田の日記につづられたテキストや、海外クライアントからの声援もおりこみながら、ひとつの気づきが、別の場所にある小さな気づきと出会い、やがて住居設計のコンセプトが形をあらわす、島田の設計手法にせまります。バイリンガル。

出版社サイトより]

2016/07/14(木)(artscape編集部)

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