artscapeレビュー

2010年07月15日号のレビュー/プレビュー

英ゆう 個展「外を入れる」

会期:2010/05/25~2010/06/13

京都芸術センター大広間[京都府]

2007年から2009年のレジデンス期間中にバンコクで制作された作品。センター内の大広間に展示された。英がそこで日常的に見ていたモニュメントや大きな建物がモチーフになっているが、それらには、儀式の道具として使われる手のひらにおさまるほどの小さな花の輪がかけられている。大きさを逆転させたイメージの組み合わせがスケール感を狂わせて、画面に描かれているものが何なのか見ていると混乱するところが面白い。作品はバンコクの街の不思議な印象も重ねて表現しているのだそう。テーマもさることながら、個人的には大きな作品にもびっしりと描き込まれた模様のパターンやそのリズミカルな色彩が好きだ。これでもかと言うほどの迫力とインパクトながら見飽きない魅力を放っている。

2010/06/12(日)(酒井千穂)

福村真美 展

会期:2010/06/01~2010/06/13

Gallery morning[京都府]

動物たちが飼育されるプール、学校のプール、琵琶湖のほとりなど水辺の風景を描いた絵画が多いのだが、画面に人物や動物が不在のものもいくつかあり、印象に残るのは、草むらの緑やプールの塗装、水の色などだ。のびのびとした筆跡の残る画面の、水面や地面にゆらめく光と影の表現が緩やかな時間の流れを感じさせて心地よい。会場で見ているときはそれほど気にならなかったのだが、後で何度も輝く水面の光景が頭に浮かび、幼い頃の夏休みや日曜日のことまで思い起こさせた。なんとなくだが、もう一回見たいなあ。

2010/06/13(土)(酒井千穂)

GUTIC STUDY @studio90 山岡敏明展

会期:2010/05/08~2010/06/13

studio90[京都府]

この展覧会へ行くと言ったら、一緒にいた作家に「“グチック”の人ですね」と言われ、「“グチック”ってなに?」とつい聞いてしまった。どうやら山岡自身が作品(視覚現象)に名付けた言葉のようだ。普段は目に見えないが、たしかに存在している塊のような「なにか」を総称して“グチック”と呼ぶのだそう。引き戸を開けて暗い室内に入ると左手の突き当たり、会場の隅っこにモニタがあり、会場であるstudio90の外観が映し出されている。その建物の屋根には、DMの写真と同じく、塔のようなカタチをした黒い塊が突き出ている。先にその映像を見て、さらに奥へ進み真っ暗な中に立ち、しばらくすると目の前にモヤッとその黒い塊のカタチが見えてきた。これが“グチック”なのか。じっと見ているとそのカタチは大きくなったり少しだけ動いたりしているように感じられる。実際には、壁面を部分的に黒く塗っているだけだと後で聞いた。山岡はこれまでもこのような“グチック”の作品を発表しているが、“グチック”は、感覚的にはペインティングだという。真実とはなにかを追究する作家の制作の姿勢が作品とそのまま重なり興味深い。ちなみに、一体この空間はどうなっているのかと手を前に出しながらゆっくり直進したときに、私が考えていたよりもうんと手前で壁に触れたのにも驚いてしまった。見ようとすることと見えることのあいだで何を「真実として」見るのか。後で自作について話してくれた作家の言葉が印象に残った。

2010/06/13(日)(酒井千穂)

渡部味和子 展

会期:2010/06/08~2010/06/13

ギャラリーすずき[京都府]

書道のための小さな道具類や器、花器などの陶芸作品なのだが、繊細な絵付けにしても釉薬の扱いにしても、聞いてみるとじつに想像を絶するほど丁寧な仕事ぶり。歴史を含め、素材の研究に裏打ちされた魅力があり、陶芸の奥深さを少し知った気分だった。線そのものが美しい筆の表現もさることながら、こんなところにも!と一見では気がつかない模様や装飾がそれぞれの作品に隠されている。そんな遊びも優雅な印象で格好良かった。

2010/06/13(日)(酒井千穂)

荒木経惟「センチメンタルな旅 春の旅」

会期:2010/06/11~2010/07/18

RAT HOLE GALLERY[東京都]

「センチメンタルな旅 春の旅」というタイトルは、いうまでもなく1991年の写真集『センチメンタルな旅 冬の旅』(新潮社)を踏まえている。愛妻、陽子の死の前後の「写真日記」を中心とした前作に対して、今回は愛猫のチロの最後の日々が描き出されていく。
チロは1989年に4ケ月で荒木家にもらわれてきて、先頃、22歳という長寿を全うして亡くなった。人間の年齢に換算すると105歳という大往生だが、会場に展示されている80枚の写真を辿っていくと、この猫が荒木といかに強い絆で結びついていたのかが伝わってくる。『センチメンタルな旅 冬の旅』を見た時も強く感じたのだが、猫という動物はどこか霊的な兆しを帯びているのではないだろうか。その一挙手一頭足、しなやかで、しかもエロティックですらあるたたずまいが、現実離れした不可思議な気配を漂わせているのだ。今回の連作では、チロがテーブルからベッドへふわりと飛び移る動作をとらえた写真に、魂の震え、揺らぎのようなものを感じた。
そのチロが、いよいよ病み衰えて死の床に横たわる姿に、荒木は何枚も何枚も続けてシャッターを切っている。チロの目が少しずつ潤み、その光が失われ、静かに閉じられていく一連のカットは、これまでも「死者」を撮り続けてきた荒木にしか為しえない、渾身の「魂呼ばい」の儀式といえるのではないだろうか。それに応えるように、最後の一枚の写真ではチロがふたたびバルコニーに姿をあらわすのだ。なお、RAT HOLE GALLERYから900部限定で同名の写真集(デザイン・綿谷修/白谷敏夫)が刊行されている。こちらも素晴らしい出来栄えだ。

2010/06/15(火)(飯沢耕太郎)

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