2018年07月15日号
次回8月1日更新予定

artscapeレビュー

2016年03月15日号のレビュー/プレビュー

ジョン・ウッド&ポール・ハリソン「説明しにくいこともある」

会期:2015/11/21~2016/02/21

NTTインターコミュニケーション・センター(ICC)[東京都]

英国の二人組による身体を使うパフォーマンスや建築的なセットを使う映像作品の数々を紹介する。シンプルな仕掛けによって、人と人、あるいは人とモノや、モノとモノの不思議で笑える関係性は、田中功起を想起させる。

2016/02/18(木)(五十嵐太郎)

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サイモン・フジワラ「ホワイトデー」

会期:2016/01/16~2016/03/27

東京オペラシティ アートギャラリー[東京都]

社会性をもった作品がうんぬんという前に空間の使い方が印象的だった。ちまちま部屋を分割せず、どーんと本来の大空間のよさを引き出す。彼個人が考えた新国立競技場案の模型が置かれていたのにも、ニヤリ。以前、中村哲也に彼のスカイツリー案を見せてもらったが(やはり、速そうな造形だった)、こういうのは大歓迎である。

2016/02/18(木)(五十嵐太郎)

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石川竜一「考えたときには、もう目の前にはない」

会期:2016/01/30~2016/02/21

横浜市民ギャラリーあざみ野 展示室1[神奈川県]

1984年、沖縄出身の石川竜一は、いま最も期待が大きい若手写真家の一人といえるだろう。2015年に『絶景のポリフォニー』(赤々舎、2014)、『okinawan portraits 2010-2012』(同)で第40回木村伊兵衛写真賞を受賞し、抜群の身体能力を活かしたスナップ、ポートレートで新風を吹き込んだ。今回の横浜市民ギャラリーあざみ野での個展では、二つのシリーズだけでなく、その前後の作品も合わせて展示してあり、彼の作品世界の広がりと伸びしろの大きさを確認することができた。
最初のパートに展示されていた「脳みそポートレイト」(2006~08)と「ryu-graph」(2008~09)が相当に面白い。スナップやポートレートを撮影しはじめる前に制作された実験作で、「脳みそポートレイト」では、クローズアップされた身体の一部の画像をコラージュして、ぬめぬめとした奇妙な生きものの姿を造り上げている。「ryu-graph」は「印画紙上に直接溶剤を使用しながら形態をイメージ化した」抽象作品である。彼の中にうごめいていたコントロールできない衝動を、そのまま形にしていったとおぼしき写真群で、それが『絶景のポリフォニー』や『okinawan portraits 2010-2012』で解放され、「写真」として秩序づけられていったプロセスがよく見えてきた。近作の「CAMP」(2015)にも瞠目させられた(SLANTから写真集としても刊行)。最小の装備で山の中に入り、現地で食物を確保していくサバイバル登山家とともにキャンプしながら、石川県、秋田県の山中で撮影されたシリーズで、壮絶な美しさを発する自然環境の細部が、震えつつ立ち上がってくる。都市を舞台に撮影を続けてきた石川の新境地というべき作品群で、今後の展開が大いに期待できそうだ。
なお、本展は「あざみ野フォト・アニュアル」の一環として開催されたもので、展示室2では「『自然の鉛筆』を読む」展が開催されていた。「世界最初の写真集」であるイギリスのウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットの『自然の鉛筆』(The Pencil of Nature,1844-46)の収録作品に、横浜市所蔵の写真・カメラコレクション(「ネイラー・コレクション」)からの約100点を加えて、19世紀以後の写真表現を辿り直そうとしている。ちょうど『自然の鉛筆』の日本語版(赤々舎)が刊行されたばかりというタイミングでもあり、時宜を得た好企画といえるだろう。

2016/02/19(金)(飯沢耕太郎)

ジョルジョ・モランディ展──終わりなき変奏

会期:2016/02/20~2016/04/10

東京ステーションギャラリー[東京都]

モランディって地味な静物画ばっかり描くちょっと変わった画家くらいにしか認識してなかったので、同じような静物画が並ぶであろう回顧展にはあまり行く気もしなかったが、逆に似たような作品ばっかり並ぶ回顧展というのもおもしろいんじゃないかみたいな好奇心も湧いてきて、行ってみることにした。モランディは前回のドクメンタでも取り上げられていたし、岡田温司も書いてるし。で、見てみたら、静物画だけでなく風景画も描いてたが、それがまるで静物画みたいな風景画で、しかも静物画自体も予想以上にヴァリエーションに乏しく、それを第1次大戦が終わるころから1964年に世を去るまで半世紀にわたり、生まれ故郷のボローニャに腰を据えて延々と描き続けたのだから、もうそれだけで脱帽だ。たしかに個々の作品を見ると、色彩と形態や地と図の関係をあれこれ試しているのがわかって見飽きることがないが、でもだからといって壷の位置をちょっと変えたり、器の数をひとつ増やしたり減らしたりするだけで、50年もの年月を費やすことに耐えられるだろうか。しかしその一方で、逆にモランディの態度こそ画家として至極真っ当ではないかとも思えてくる。画家が一生のあいだにできることなんて限られたものでしかないのだから。そんな余計なことまで考えちまう展覧会でした。

2016/02/19(金)(村田真)

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鎌谷鉄太郎「ヒューマンパラダイス ポートレイト」

会期:2016/02/12~2016/03/02

ギャラリーセラー[東京都]

目、鼻、口、乳房など人体の画像の一部を切り貼りしたコラージュ。もあるが、コラージュの上から描いたり、コラージュのように描いたりした作品もある。タイトルの「ヒューマンパラダイス ポートレート」とは、ネット空間と現実空間の交錯したヴァーチャルな世界に生きる未来の人間の肖像画。というとわかったような、わかんないような。でもわかったのは、いうほどヴァーチャルではなくアナログだということ。

2016/02/19(金)(村田真)

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