2017年11月15日号
次回12月1日更新予定

artscapeレビュー

2017年11月01日号のレビュー/プレビュー

フィンランド独立100周年記念 フィンランド・デザイン展

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会期:2017/09/09~2017/10/22

府中市美術館[東京都]

1159年から1809年まではスウェーデンの支配下、1809年から1917年まではロシアの支配下にあったフィンランドが独立して100年。本展では、フィンランドの独立前、1900年のパリ万国博覧会から現在までのフィンランド・デザインを時代順に6章に分けて概観している。興味深い展示は、1900年前後の工芸品。フィンランド・デザインというと、一般的には第二次世界大戦後の北欧デザイン・ブーム、モダン・デザインのプロダクトを目にすることがほとんどで、独立以前の装飾的な工芸品を見る機会はほとんどないからだ。出品されている陶磁器やガラス器は、西欧のデザイン史的にはアール・ヌーヴォー期の終わりに相当する時期のものだと思うが、器の形や文様は比較的シンプルでその後のモダン・デザインへの流れを想起させる。柏木博は世紀転換期に「力強さと率直さがフィンランドのデザインの方向を特徴づけた」と書き、その背景としてフィンランドが北欧の中でも貧しい地域であったことを挙げている(本展図録、21頁)。たしかに、西欧のアール・ヌーヴォーの装飾は工業的生産に適せず、高価で、主に新興富裕層のためのデザインであったことが指摘されるが、フィンランドにおいては経済的状況ゆえに比較的シンプルなデザインが生まれたのだとしたら、その伝統がその後に消費者として台頭してきた欧米や日本の市民にに受け入れられるものになったと考えてもおかしくない。プライウッドを用いたアルヴァ・アアルトらの家具、絵付けのない色彩のみによるカイ・フランクの陶磁器やガラス器、織ではなく、伝統的な染やプリントでもなく、安価なシルクスクリーン印刷を用いたマリメッコのテキスタイルもまた、そうした国家の歴史的経緯のなかから必然的に生まれてきたデザインと考えることもできようか。
フィンランド・デザインの展覧会というと、トーベ・ヤンソンのムーミン・シリーズは欠かせない。とはいえ、トーベ・ヤンソンの仕事は「デザイン」なのかという点に筆者は常々疑問を抱いているのだが、ここではムーミン・シリーズに登場するキャラクターを用いたフィンレイソン社のプリント・ファブリックや、トーベ・スロッテによってアレンジされたアラビア社のマグカップやタイルなど、キャラクター・グッズが数多く紹介されており、たしかにこれはデザインという文脈で紹介されうる仕事だと納得させられたのだった。
なお本展は、宮城県美術館に巡回する(2017/10/28~12/24)。[新川徳彦]


会場風景

2017/10/19(木)(SYNK)

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戦後の蘭字─アフリカと中東へ輸出された日本茶─

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会期:2017/10/07~2017/12/10

フェルケール博物館[静岡県]

工業化以前、茶は生糸に次いで明治期日本の主要輸出品であった。「蘭字(らんじ)」とは、輸出茶の梱包に貼られた商標のことである。開港当初、静岡の茶は横浜で加工されて海外へ輸出されたが、明治32年に清水港が開港場に指定され、1906年(明治39年)に茶の輸出が開始されると、茶の再製加工、輸出の中心は静岡に移り、横浜で行なわれていた蘭字の印刷も静岡で行なわれるようになった。明治期には浮世絵の技術を用いて木版で摺られていた蘭字だが、大正から昭和初期にはオフセット印刷によるものも登場。戦後、茶輸出が衰退する1965年ごろ(昭和30年代)まで制作されていた。フェルケール博物館では、これまでにも常葉大学元教授の井手暢子氏の研究を元にして、主に明治期の蘭字を紹介する展覧会が企画されてきたが、2015年秋に開催された展覧会前後に日本紅茶株式会社および富士製茶株式会社の戦後の蘭字が多数発見、寄贈され、輸出茶商標の研究がさらに進みつつある。今回の展覧会は、これら新発見の戦後の蘭字に焦点を当て、その一端を紹介するものだ。
戦前期までの蘭字と、戦後期の蘭字の違いはなにか。印刷方式についてはすでに戦前からオフセット印刷が用いられている。展示品にはフルカラー印刷のものも見受けられるが、数色の特色版を用いているものも多い。特色版でもグラデーションに網点を用いているものもあれば、線画の密度で濃淡を表現しているものもある。大きな違いは図案だ。「蘭字」とは字義通りならばオランダ語のことだが、欧文一般を指す。日本茶は主に北米に輸出されていたために、茶商標としての蘭字には図案と英語によるブランド表記が行なわれていた。しかし、戦後は北米向け輸出が減少し、フランス領北アフリカに比重が移る。それに伴って言語はフランス語あるいはアラビア語が用いられるようになった。図案にはアラブ人の姿やエジプトの風景、動物などが描かれ、日本をイメージさせる意匠はほとんどない。それどころか、JAPANあるいはJAPONの文字をほとんど見ることができない。吉野亜湖氏の論考によれば、戦後北アフリカ市場で日本茶が受け入れられたのは日本の人件費が安く、低価格であったため。しかし日本茶は品質が悪いと評価されていて中国茶の水増しに用いられていたために、日本産であることを主張する必要がなかったのだという(本展図録、72頁)。また本展にはデザインがフランスの商社から支給されていたことを示す史料も出品されている。
10月21日に開催された同展関連シンポジウムでは、経済史、広告・マーケティング史、印刷史、デザイン史など、さまざまな視野からの報告と討論が行われ、蘭字デザインの研究は逆にそれらの歴史分野を補完する役割があるだろうことが示された。とくに興味深かったのは、ロバート・ヘリヤ氏の報告だ。ヘリヤ氏は、1869年(明治2年)に創業した日本茶輸出商社ヘリヤ商会の創業者、フレデリック・ヘリヤ氏の子孫で、現在はウェイク・フォレスト大学の准教授。報告は蘭字や広告を通じてアメリカにおける日本茶のマーケティングの様相を追うもので、19世紀末の日本の輸出茶が北米市場においてブランド力を持っていたこと、同時期にインド、セイロン茶がアメリカにおいて日本茶や中国茶に対してネガティブ・キャンペーンを展開していたことなどが示された。シンポジウムにおいて今回の展示の中心である戦後の蘭字についてはほとんど言及がなかったが、史料が発見されたばかりであり、貿易史料などと照合することで、これからより具体的な市場とデザインの関係が見えてくるだろうことを期待する。[新川徳彦]


会場風景

関連レビュー

明治の海外輸出と港|SYNK(新川徳彦):artscapeレビュー

蘭字と印刷──60年ぶりに現れた最後の輸出茶ラベル|SYNK(新川徳彦):artscapeレビュー

2017/10/21(土)(SYNK)

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石塚まこ「ちいさな世界を辿ってみると」

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会期:2017/09/30~2017/10/22

デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)[兵庫県]

神戸出身のアーティスト石塚まこが、地元のアートセンターでの滞在制作を経て個展を開催した。彼女は長らく海外を拠点に活動を続けており、絵画や彫刻といったオーソドックスな作品を制作するのではなく、滞在先で出会った人々や文化との交流を経て生じる感興や関係性を、さまざまなかたちで作品化している。その際に「食」をコミュニケーションの手段にすることも多く、本展では食にまつわるメモをびっしりと記したノートや、朝食を食べ終えたあとに残った野菜や果物の皮から着想した写真作品とそのバリエーションなどが展示された。彼女の作品はカテゴライズが難しく、正直これがアートなのかと思ったりもする。展覧会よりも本人と直接コミュニケートしたほうがずっと魅力が感じられるのではないか。しかし、こうした感想を抱くのは、こちらが常識に凝り固まっているせいかもしれない。今後も作品を見続ければ、彼女への評価が変化する可能性がある。関西のギャラリーやアートスペースがその機会を設けてくれるよう期待している。

2017/10/21(土)(小吹隆文)

奥能登国際芸術祭2017 その3

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会期:2017/09/03~2017/10/22

珠洲市全域[石川県]

芸術祭の魅力は現代美術の鑑賞をとおして開催地の風土や伝統、習慣を体験できる点にある。それは都市型の国際展では到底望めない、地域に根づいた芸術祭ならではの大きなアドバンテージである。
坂巻正美は上黒丸北山の集落に、この芸術祭が開催される前から通い詰め(奥能登・上黒丸アートプロジェクト)、今回は休耕田に大きな櫓を立て、大漁旗をなびかせた立体作品と、小屋の中で木造船や鯨の頭蓋骨などで構成したインスタレーションを発表した。あわせてこの日、展示会場にほど近い仲谷内邸で「鯨談義」を催した。
「鯨談義」とは、この地域で伝統的な生業としてあった鯨漁についての車座談義で、その経験者はもちろん地域の方々や芸術祭の来場者が交流する場である。一般のご家庭に入ると、土間では集落の方々が炭火で獣の肉を焼いており、居間では地酒とご馳走がふるまわれている。坂巻がプロジェクターで鯨漁の資料などを見せる傍ら、集落のご婦人たちが次から次へと暖かい料理を運んでくるので、話に耳を傾けながらも、神経はもっぱら舌の味覚に集中せざるをえない。鹿や猪の肉、鯨肉、そしてそれらの味を引き締める地産の塩。文字どおり海の幸と山の幸を存分に堪能したのである。
地域の風土や歴史、民俗文化と現代美術。そもそも後者が都市文化の賜物であることを思えば、前者と後者の相性は決してよくないはずだ。しかし、芸術祭という形式において両者は奇妙な共鳴を生んでいるように思われる。現代美術は民俗文化を主題とした作品を制作するばかりか、鑑賞者をそれらに導くための道しるべになっているからだ。芸術祭がなければ「鯨談義」に同席することはなかったはずだし、そもそも奥能登の風土を知ることすらなかっただろう。現代美術は芸術祭を経由することで民俗文化に接近しつつあるのではないか。

2017/10/22(日)(福住廉)

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プレビュー:小杉武久「音楽のピクニック」

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会期:2017/12/09~2018/02/12

芦屋市立美術博物館[兵庫県]

音楽家・小杉武久は、1960年に東京藝術大学音楽学部学理科の友人たちと結成した「グループ音楽」を皮切りに、ニューヨークでの「フルクサス」メンバーたちとの活動、1969年に結成した集団即興グループ「タージ・マハル旅行団」、「マース・カニングハム舞踊団」(コンテンポリーダンス)の音楽監督など、一貫して前衛的な立場から音楽の概念を拡張する活動を続けてきた。全5章で構成される本展では、第1章から第4章までを記録や資料の展示に当て、第5章では《マノ・ダルマ》(1967/2015)や《ライト・ミュージックII》(2015)などのサウンド・インスタレーションを展示。1950年代から現在に至る活動の軌跡を約300点の作品と資料で振り返る。

2017/10/23(月)(小吹隆文)

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